テラーノベル
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朝5時半。
木村家で一番早く起きるのは、父・拓也だ。
まだ誰も起きていないリビング。
静かな空間で、コーヒーを飲みながらノートPCを開く。
普段の家では、
「父ちゃーん!」
「ぱぱぁ!」
「ジュースぇぇ!」
と毎日騒がしい。
だが仕事中の拓也は別人だった。
☆
午前8時。
高級感のあるオフィス。
社員たちは少し緊張した空気で動いている。
「おはようございます、社長」
「おはよう」
スーツ姿の拓也は、完全に “できる男” だった。
鋭い目。
低い声。
無駄のない指示。
会議でも次々判断を下していく。
「この企画、数字弱い」
「修正して午後まで」
「こっちはGO」
部下たちが慌てて動く。
新人社員が小声で言った。
「社長って怖いですよね…」
すると古株社員が笑った。
「家では九人のパパだぞ」
「えっ?」
「しかも全員男」
新人、絶句。
☆
その頃。
木村家。
「父ちゃん今なにしてんだろ」
双子がゴロゴロしながら聞く。
樹は即答。
「絶対怒ってる」
「わかる」
風磨まで頷く。
すると優吾が笑った。
「でも会社だとめちゃくちゃ人気あるらしいよ」
「え、なんで?」
「仕事できるから」
「家だと毎日HPゼロなのに?」
「それな」
☆
午後。
大型商談。
取引先との重要な会議。
空気はかなりピリついていた。
だが拓也は冷静だった。
「木村社長なら安心ですね」
「ありがとうございます」
完璧。
まさにエリート社長。
……のはずだった。
ブルルル。
スマホ震動。
拓也、嫌な予感。
画面。
【風磨】
「……」
嫌すぎる。
「失礼」
電話に出る。
『父ちゃん』
「どうした」
『樹が学校から呼び出し』
「は?」
『あとジェシーが家で小麦粉撒いた』
「は?」
『康二がその白い床見て雪だるま作り始めた』
「…………は?」
商談中とは思えない顔になる拓也。
取引先、困惑。
☆
電話を切ったあと。
拓也は静かに目を閉じた。
部下「社長…?」
「……家帰りたい」
全員「!?」
初めて聞いた。
☆
その後。
商談終了。
無事成功。
社員たちは拍手。
「社長さすがです!」
「お疲れ様でした!」
だが拓也はネクタイを緩めながら呟いた。
「今から第二ラウンドか……」
☆
帰宅。
玄関を開けた瞬間。
白かった。
床が。
「…………」
小麦粉地獄。
双子の足跡。
慎太郎の手形。
なぜか樹まで白い。
ジェシーは得意顔。
「ゆき〜!!」
康二も笑顔。
「まっしろ!」
拓也、無言。
そして。
リビング中央で正座してる風磨と優吾。
「……おかえり」
「止められませんでした」
拓也は天井を見上げた。
数秒後。
「……誰だ小麦粉開けたの」
ジェシー、元気よく挙手。
「じぇしー!」
「素直か」
☆
その夜。
全員で掃除。
樹「社長も雑巾がけするんだ」
「当たり前だろ」
涼介「会社との温度差えぐ」
優吾「でも父ちゃん家だとちょっと楽しそう」
拓也は聞こえないふりをした。
だが。
笑いながら掃除する息子たちを見て、
少しだけ口元が緩んでいた。
会社では完璧な社長。
家では毎日振り回される父親。
それが木村拓也だった。
コメント
1件
読了しました!いやあ、第10話も最高でしたね。会社では「できる男」の社長モードなのに、家に帰れば9人の息子たちに振り回されるお父さん…そのギャップがたまらないです。特に商談中に「家帰りたい」とポロッと漏らすシーン、めちゃくちゃ笑いました。仕事は完璧、家ではちょっと楽しそうな拓也さんの口元が緩む描写にほっこり。日常の小さな幸せを切り取るのが本当にお上手ですね!次話も楽しみにしてます!
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