あはははは、と、紗奈《さな》が、正平の告白に、大笑いした。
「なーんだ、結局、皆、考えることは一緒ってやつかー!」
一気に、くすんでいた紗奈の、心持ちは、パッと晴れる。
面目無いと、正平は、眉尻を下げつつも、持ち直した紗奈を見て、どこか嬉しげだった。
「はあー、まったく、世の中、一体どうなっているのですか。方違えを、何だと思ってらっしゃるのやら」
一方、常春《つねはる》は、聞かされたことに、苛立っている。
守孝一行が、方違えと称して、内大臣家へ入り込んだ様に、正平も、奇っ怪な姫君の噂が気になり、方違え先を内大臣家に決めたのだと白状したのだ。
もっとも、正平は、本当に、方違え、で、立ち寄っているのだが……。
「しかし、これほどまで、噂が広まってしまって……どう、内大臣様はお収めになられるのでしょうか?」
「うむ、そこじゃ。常春よ。だが、まずは、奇っ怪な噂の元となった、姫君の、真相を知らねばなぁ」
守孝の言葉に、皆の視線は、一の姫猫へ注がれた。
一の姫猫も、何をすべきかわかっているようで、ニャーと、鳴いた。
が、間に入って通詞《つうやく》する、大事な役目のタマは、黙々と菓子にかじりついている。
ギャ、と、タマが、声を上げた。
一の姫猫が、タマの耳に噛みついている。
痛いよー、と、言いつつも、タマは、ニャー、ニャー鳴く一の姫猫に怒る訳でもなく、素直に言うことを聞いている。
「あれ、タマは、もう、尻に敷かれておるようじゃぞ?!」
守孝の、からかいに、皆、笑うが、ニャーと、一の姫猫が、鳴き、場には、いくばかりか、緊張が走った。
再び、ニャー、と、一声鳴き、一の姫猫の、見た事とやらが、語られ始めた。
「最初は、皆、信じてなかったんだって。でも、ある日、古い女房様が、姫君の、腹が腫れていると、言い出して……。どこに、姫君がいるんだろうと、一の姫猫は、夜中、姫君の寝所《しんじょ》だと言われている、房《へや》の、御簾の中へ潜りこんだんだって。そしたら、夜具に、誰か横になってて……」
こくこくと、一の姫猫が、頷く。
信じてくれと言いたいのだろう。
が、タマが、間に入っているからなのか、一の姫猫の話し方のせいなのか、皆は、どうも、要領が掴めない。
「つまり、姫君など、いない、と、女房たちはわかっていたが、そのうち、いることになり、そして、一の姫猫様が、姫君らしき姿をご覧になった。と、いうことでしょうか?皆様……」
正平が、おどおどと、言うと、守孝を見た。
「なるほどな」
「守孝様、これは……!」
「そうだ、正平!!なんと、奇っ怪な話。これは、人のなせる技ではないぞ。まさしく、あやかしの仕業!!!」
「やはりですかっ!!」
で、なぜ、そうなる……。
紗奈と常春は、弾ける男二人に、呆れ返った。
「これじゃー、らちがあかないわ。ねえ、猫ちゃん、なぜ、守近様のお屋敷で、姫君の腹のややの父親は、家司《しつじほさ》だと、言ったの?」
紗奈の問いかけに、一の姫猫は、ニャーと答えた。
「タマ?」
紗奈は、タマにも、問いただした。
一の姫猫の言ったことを、タマが正しく伝えているか、逐一、紗奈は、一の姫猫へ確認し、根気よく問うていく。
すると──。
話が、なんとなく、見えてきた……。
ある日、裏方をまとめる古参の女房が、姫君の入内が決まった。めでたいことだと、言い始めた。
ついで、その女房は、毎日、姫君の座所に行き、御簾の向こう側へ、話しかけ始めた。
その場所は、今は使われていない房《へや》だった。
昔、一の姫と、呼ばれた姫君の房で、古参の女房は、その、一の姫君付の女房だった。他の女房達は、ついに、古参の女房も、ぼれてしまったかと、噂し始める。
そして、香が、異常に焚かれ始めた。それは、屋敷の北の対屋、全ての房で、焚かれた。
暫くすると、他の女房達も、姫君のご機嫌を取りだし、そして、姫君の異変を口走った。
姫君など、いない、と、言い切っていたはずの者達が、次々と、入内前なのにと、騒ぎ始め、一の姫猫は、なぜか、頭が、くらくらし、まともに歩けなくなっていた。
それでも、自分は、姫君に飼われている猫なので、側にいなければならないと、思い、御簾の中へ入って行った……。
「なるほど、やはり、香か。しかし、そこまでの威力を発揮するものかなぁ」
「うーん、どうなんでしょうねぇ」
一の姫猫から、事情を聞き出し、更に謎が増えたと悩んでいる、常春、紗奈、兄妹《きょうだい》へ、正平が、にじり寄って来た。
「紗奈様!ど、どのようにすれば、タマを、そのように、扱えるのですかっ!!」
爛々と、目を輝かせている正平に、紗奈は返す言葉がない。
「正平様、話は、まだ終わっておりません。もう少し、お静かに」
「そうですよ、姫猫様が喋ってるんですよーー。それに、タマと上野様は、長い付き合いだし、上野様は、腐ってますからね」
タマは、ふふんと、自慢げに鼻を鳴らして正平を見たが、
「タマよ、腐れ縁だろ、紗奈は腐っては、ないぞ」
たちまち、常春に、追い込まれる。
「え?そうなんですか?」
「ちょっと、タマ!そうなんですか?って!!」
言い争う、紗奈とタマには、目もくれず、正平は、常春に、なぜか平服していた。
「師匠!!どうか、正平に、タマが操る、あやかし言葉を、ご伝授ください!!」
頭を広縁へ、すりつける正平に、さすがの常春も、何を言っているのかと、呆れ返った。
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