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午後十時。俺はBar『High & Low』にいた。今夜三回目の、冷えたビールの一口目の余韻に浸る。

「で? 本題は? あ、俺同じのもう一杯」

侑はワインを飲み干し、聞いた。三年前、京都に行く前日も、この店で侑と飲んだ。侑とは高校時代からの親友で、専攻は違ったが、同じ大学にも通った。いつか一緒に仕事がしたい、と入社試験を一社も受けさせずに内定を出し、侑をいずれ俺のものとなる今の会社に引っ張り込んだ。入社してからはたまに一緒に飲む程度だったが、定期的な連絡は取り続けていた。

「本題?」

俺は侑の質問に質問で返した。

「改まって話がある時、お前はビールしか飲まないからな。酔う前に話しておきたいことがあるんだろ?」

「ああ……」


お見通しか……。


俺はグラスを置いて、話を切り出した。

「情報屋って知ってるか?」

「ああ、本社の情報を売買してる奴がいるって——。あれか?」

「そう。前々から噂では聞いていたんだが、都市伝説というかどこにでもある七不思議程度に考えていたんだよ。売買されている情報の詳細もわからないし、注視するほどのことではないと思ってたんだが……」

「お前が戻ってきたのはそれを探るためか?」

侑はバーテンダーから差し出されたワイングラスに口をつけた。

「ああ。トップシークレットだが、グループに大規模な改革計画があってさ。些細な不安も解消しておきたい」

「なるほど。内部に、しかも上層部に社内の情報を売買してる人間がいるなんてことになれば、足元をすくわれかねないってことか」

「ああ。調べて、噂の域を出ないのなら放っておくつもりだったんだが、そうもいかなくなってな」

「何か掴めたか」

「いや、確証は掴めない。だからこそ放っておけなくなった」

俺はグラスの横に置かれたナッツの皿に手を伸ばした。カシューナッツを一粒口に放り込む。

「売買されていると噂されているのは、他愛のない個人情報らしい。それも、名誉棄損になるようなデリケートな情報じゃない。個人の趣味や行きつけの店、好みのファッションなんかの、世間話に出てきそうな情報らしい」

「聞いたことあるな。好きな女が欲しいものの情報を買って、それを片手に告白した奴がいるとか……」

「そう。そんな類の情報だ」

「お前が動くほどのことか?」

俺はビールで口を潤した。

「お前、その情報がどうやって売買されているか知ってるか?」

「いや? 興味もないし、気にしたこともないな……」

俺が知っている限り、侑は女に困ったことはないから、情報屋から好きな女の情報を買うような真似はしないだろう。それに、侑には長く付き合っている女がいる。侑から聞いたわけではないが、まず確かだ。

「自分に手紙を書くんだと」

「はあっ?」

侑は意外そうに言った。初めて聞いたときは、俺も同じ反応をした。

「封筒の宛名は自分の名前で、裏には『J』とだけ書く。それを自分のデスクのごみ箱に入れておくんだとさ」

「ごみの回収は清掃会社の人間だろ?」

「正確には本社で雇っている清掃職員だ。外部の人間じゃない。で、俺は本社勤務の清掃職員を調べたんだが、五十代後半から七十代前半までの男女合わせて十人で、どう調べても上層部とは無関係だ。しかも、清掃職員がごみの回収をするのは夜間だが、手紙がなくなる時間は夜間に限らないらしい」

「へぇ」

侑がようやく興味を示した。俺は話を続ける。

「で、だ。清掃職員が白とは断定できないが、清掃職員の中に協力者はいるのかもしれないとにらんでいる。そして、情報屋本人も社内の事情に通じていて、社内を自由に歩き回れる人間だ」

俺はいつになく早口で話していた。口が乾く。

「お前、楽しそうだな」

侑が不思議そうな顔で俺を見ていた。俺はビールを流し込み、ゆっくりとため息をついた。

「楽しいわけあるか。本社の内部情報が洩れているかもしれないんだぞ」

「とか言って、お前ってクールに見えて実はミーハーなとこがあるからな。情報屋の正体が知りたいだけじゃないのか」

俺は言葉に詰まった。情報屋の噂を調べていくうちに、俺は情報屋の正体を妄想するようになっていった。男だろうか、女だろうか。目的はなんだろう。俺のことを知っているだろうか……。

「というわけで——」

俺はわざとらしく咳払いをして、話を本題に戻した。

「俺は庶務課に異動することにした」

「はぁぁぁっ?」

さすがにこれには侑も面食らった表情をした。

「ちょっと待て、お前が庶務? お前、先週まで京都でばかでかいショッピングモール作ってたよな?」

「ああ。あれは自信作だ。お前も一度は行ってみろ」

「それを足掛かりに上層部に食い込んでいく気じゃなかったのかよ」

「そうそう」

「そうそうって……」

「ま、ぶっちゃけると、次のポストが空くまでに少し時間があるんだよ。入社からこっち働き詰めだったし、ちょっとのんびりしようかと思ってさ。そしたら、偶然にも本社の庶務課長が定年退職するっていうから、情報屋を探りつつ本社に慣れておこうとさ」

侑は合点がいったようで、ワインに視線を戻した。

「ここからが本題なんだけど、お前に庶務課についての調査と、今までの俺の経歴を改ざんしてほしいんだよ」

「改ざん?」

「そ。今のお前みたいに、グループ会長の息子が庶務課長なんておかしいと思う人間もいるだろ? だから、俺の輝かしい経歴を並の経歴に改ざんしてほしいってわけ」

侑はあきれたように大きなため息をついた。

「話は分かったよ。俺に、お前の探偵ごっこの片棒を担げってことね」

「さじ加減はお前に任せるよ。あ、俺とこいつに同じものを」

俺はバーテンダーに注文し、侑に営業スマイルを見せた。

「これからちょいちょい世話になるから、今日はおごらせてもらいます」

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