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「ヒーローは遅れてやってくる」
すっかり人口に膾炙した常套句。
一体、いつ誰がこんなことを言い出したんだろう。
ヒーローが遅れてやってくるというのは、助けを求める側が生み出した幻想に過ぎないというのに。
実際には、ヒーローだって可能な限り早く到着している。だが、緊迫した状況や身に降りかかる危機を前にして、恐れや焦りから到着が遅いように思われるだけなのだ。
それでも「ヒーローは遅れてやってくる」と言われるのならば……。
ヒーローとは、遅れてやってくることを宿命付けられた存在だということだ。
けれども、誰もがその本質を見ようとしない。決して、弱者の論理を疑ってかからない。
強者は弱者を救って然るべきだ、という美学が根付いているのだ。
俺は、そう思う。
だって。
「俺はヒーローだから」
「きゃああああ」
「怪人だ!」
「助けてー!」
14時28分、T県T市にて牛型の怪人が出没。牛型の怪人は全長3メートル。手に斧状の武器を所持しており、電柱や公共物を破壊してまわっていた。
人々を脅かす脅威の出現。この世界では、それが日常であり非日常でもあった。
牛型の怪人はものすごい腕力で巨大な斧を振り回し、建物を破壊した。
轟音が鳴り響き、建材が飛び散り、破砕物が粉雪のように空中を飛び交った。
そんな中、裏星カナは弟のマモルの手を引いて、暴虐の限りを尽くす怪人から逃げていた。
10歳の弟を連れてショッピングの最中だったが、突如現れた怪人に姉弟は狼狽えて逃げ遅れてしまったのだった。
カナは息も絶え絶えでマモルをせき立てた。
「マモル。もっと走って」
「お姉ちゃん、速いよ。僕、もう疲れた」
「走らないと、私たちあの怪人に殺されちゃうよ」
「でも、僕もう足が動かない」
そう言って、マモルはその場にへたり込んでしまった。 息が大きくあがり、背中が上下に揺れ動いている。
カナは自分たちが逃げてきた方向を見る。
そこには、牛型の怪人がまだ鎮座しており、相変わらず斧でめちゃくちゃに辺り一体をぶち壊していた。
不快な声音で何かを叫びながら、見境なく破壊を続けていた。
カナは心底震え上がり、まだ200メートルにも満たない距離にいるその怪物から視線が離せなかった。
「あ」
その時だった。
カナは猛り狂った怪人と目が合ってしまった。こちらに気づいたのだ。
怪人はピタッと動きを止めたかと思うと、その場で動けなくなっているカナたちを見つめて、ニヤリと笑ったような気がした。
カナは悪寒が走り、足がガクガクと震え出した。
口がわなわなと動くが、マモルにかける言葉が出てこない。
カナは声にならない叫び声を上げていた。
次の瞬間、牛型の怪人は猛然とこちらに走り寄ってきた。
逃げなければ。
カナは頭の中で瞬時にそう判断したが、身体が動かない。マモルはいまだに息をぜえぜえ切らして苦しそうだ。
せめて、マモルだけでも逃げ延びてほしい。
私はどうなってもいいから……。
だから。
「助けてーーー!!!!」
カナは絶叫した。
声が波となってうねり、街に響き渡る。
束の間の絶叫が、無限の時を覆い尽くすように駆け巡った。
3メートルの巨体を揺らしながら牛型の怪人は距離を詰めてきた。
もうカナたちの元まで10メートルもない。
その距離5メートル、3メートル、2メートル……。
そして、牛型の巨人はカナたちを見下ろすと、口の端を吊り上げて斧を持った手を大きく振りかぶった。
もうダメだと思い、カナは咄嗟にマモルに覆い被さった。目を強く瞑り、現実から目を背ける。
カナの脳裏に走馬灯が流れる。
これまで色々と苦労の多い人生で、幸福な家庭を築けたというわけではなかった。
両親は早くから亡くなった。まず母が病に倒れ、その後父も後を追うように事故で死んだ。残された姉弟は孤独で、とても寂しい思いをしてきた。その頃から、カナは歳の差のある虚弱体質のマモルを姉として守り続けなければならないと使命を感じたのだった。
親戚の家に引き取られたが、あまり可愛がられなかった。冷たい家庭をカナとマモルの2人は強く生き抜いてきた。
固い絆で結ばれた姉弟はさまざまな苦難を共にしたが、それでも2人でいる時間はかけがえのないものだった。
カナにとって、マモルは生きる理由のすべてなのだ。
そして、それはマモルにとっても同じだ。まさに、マモルは頼れる姉のことを「ヒーロー」のように感じていた。
そして。
「マモル。強く生きて」
シフト。
「……お姉、ちゃん?」
グシャリという音がした。次には、鮮血が飛び散り、マモルは温かなシャワーを浴びていた。
目を開けると、そこに姉はいなかった。
正確には、姉だったものがあった。
マモルは何が起きたか理解できず、呆然と目の前の怪人を見上げる。
牛型の怪人は満足そうに血に濡れた斧を手で撫で上げ、小さなマモルに微笑んだ。
マモルは何も考えられない。ただ、ゆっくりと周囲を見まわし、誰も助けてくれないことを悟った。
今から、すぐに姉と同じところへ行くのだとはっきり分かった。
諦めの感情のままに座り込んでその時を待つ。
怪人が斧を持ち上げ、断罪するかのようにマモルへ向けて振り下ろされた。
またも、赤い鮮血が飛び散る。
マモルは死んだ。
……そう思われた時、突然何かが怪人とマモルの間に物凄いスピードで割って入り、気付けば怪人はダメージを負っていた。
「ぐおおおおおお」
呻き声をあげ、牛型の怪人が飛び退いた。
何が起こったのかわからないマモルは、怪人の目の前に立ちはだかる人影を見た。
それは。
「大丈夫かい? もう安心だ。今から、あの怪人をやっつけてやるから」
全身を変身スーツに身を纏い、赤いマントをはためかせた男。
「だ、誰?」
マモルは精一杯声を振り絞って叫ぶ。
男は振り返って、微笑んだ。
そして、こう言った。
「ヒーローさ」
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