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第2章 第5話
「狂騒日常」
朝の食堂は、うるさかった。
人、人、人。
皿のぶつかる音、笑い声、怒鳴り声。
志願兵の試験が続いているせいか、校舎全体が妙に浮ついている。
列に並び、盆を受け取って、適当に空いた席を探す。
そのとき、見覚えのある水色の髪が目に入った。
――光月。
大きなテーブルの端。
堂々と座り、自分の食事の正面に鏡を立てている。
(……朝から何してんだ、あいつ)
迷ったが、他に知り合いもいない。
隣に座った瞬間、光月は満足そうに笑った。
「おはようだァ!アクラ!
見ろよ、この角度!朝のオレ様、最高だろォ?」
「最高にキモいな」
「褒め言葉として受け取っておくぜェ」
受け取るな。
二人で食事を始めた、その時だった。
背後の、大きなテーブルから、ひそひそ声が聞こえてきた。
「なあ、知ってるか?」
「この校舎に呪いにかかったやつがいるらしいぞ」
「しかも二人組だって」
「片方、暗殺者らしい」
「めちゃくちゃ強いって噂だ」
――暗殺者。
耳が、勝手に拾う。
脳が、勝手に理解する。
「東幻の王族を殺したやつだろ?」
「すげぇよな。あの年で」
「尊敬するわ」
……は?
血が、音を立てて頭に昇った。
視界が一瞬、白くなる。
尊敬?
人殺しを?
(……ふざけんな)
気づいたときには、体が動いていた。
椅子を蹴り、立ち上がり、振り返る。
声が、勝手に出た。
「てめーらァ!!」
食堂が、一瞬で静まった。
「あいつの何がすげぇんだよ!!
ただの人殺しじゃねえか!
ふざけんじゃあねえ!!!」
――やってしまった。
そう思った瞬間、
背中を冷たい風がなぞった。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
息が詰まり、足が重くなる。
視界の端が、微妙に揺れた。
(……あ)
体が、硬直する。
さっきまでなかった疲労が、一気に押し寄せる。
息が切れる。
心臓がうるさい。
ざわざわ、と食堂が動き出す。
怒鳴られた側の戦士たちが、顔を寄せ合い、何かを囁き合っている。
(終わった)
2日目から、変なやつ。
感情的なやつ。
そのうち、呪われてるやつ。
全部、終わりだ。
――そのとき。
「アクラァ」
隣から、やけに落ち着いた声がした。
光月だった。
スプーンを置き、鏡をたたんで、こちらを見る。
「無条件で、
お前の知り合いがチヤホヤされてんのが
気に入らねェんだろ?」
「……いや、そうじゃ――」
「分かるぜェ」
勝手に被せてくる。
「でもなァ」
光月は、にやりと笑った。
「己の価値ってのは、自分で決めるもんだ。
他人はその観客だぜェ」
その言葉が、胸に落ちた。
重たい何かが、すっと抜ける感覚。
さっきまで縛られていた呼吸が、戻ってくる。
(……なんで、こいつの言葉で)
そう思った瞬間。
「――だからオレ様は!!」
光月が、立ち上がった。
「オレ様を愛すのさァ!!」
嫌な予感がした。
次の瞬間、
服を脱ぎ始めた。
「おい待――」
「見ろォ!!」
パンツ一丁。
昨日自慢していた、例のパンツ。
「オレ様の美しいカラダをォォ!!
そして崇めろォォ!!!」
テーブルの上で、完璧なポーズ。
悲鳴が上がる。
誰かが皿を落とす音。
少しの沈黙のあと、食堂が爆発した。
「キャアアア!!」
「やめろォ!!」
「衛生的にアウトだ!!」
「また孤誓隊か!!!」
(……)
自分は、そっと椅子に座り直した。
怒りも、恥も、緊張も、
全部どうでもよくなっていく。
――改めて思う。
この隊、
やっぱり異常だ。
でも。
その異常さに、
ほんの少しだけ、救われた気がした。
ああいうのも、嫌いじゃない。
あんな形でも救われるもんなんだな。
スプーンを持ち直し、冷めた飯を口に運ぶ。
(……生きてるな)
その事実だけが、
朝の喧騒の中で、やけに現実だった。
夜。
その夜、早めに眠りについた。
慣れてきたとはいえ、身体は正直だった。
知らない場所。知らない人間関係。
昼間に溜まったざわつきが、頭の奥でまだ鳴っている。
意識が沈みかけた、そのときだった。
――ドン、ドン、ドンッ!
扉が、壊す気かという勢いで叩かれる。
「っ……!?」
飛び起きる。
心臓が一拍遅れて鳴り、喉が乾く。
返事をする間もなく、扉が開いた。
立っていたのは、エペだった。
寝巻き姿。
髪は少し乱れ、いつもの冷静さが薄い。
それでも目だけは、完全に仕事の色をしていた。
「ったく、男塵は本当に怠惰ですね!
とにかく、ついてきてください!」
「ちょ、待てよ!
一体なんだってんだ!」
踵を返すエペの背中に向かって叫ぶと、
彼女は振り返らずに言った。
「行けば分かります。
……準備運動だけはしておいてください」
その言い方で、嫌な予感は確信に変わった。
現場は、試験会場だった。
昼間は志願兵の声で満ちていた場所。
今は、異様なほど静かだ。
地面には、血の跡。
引きずられた痕。
伏せられた布の下から、はみ出した手。
事情は、すぐに知らされた。
試験を有利に進めるため、
夜を狙って動いた五人の志願兵。
複数の志願兵を殺害。
証拠隠滅を図った末の失敗。
孤誓隊の役目は、二つ。
――遺体の後始末。
――そして、五人の抹殺。
言葉は淡々としていた。
あまりに事務的で、現実感が追いつかない。
だが、足を一歩踏み出した瞬間、
胃がひっくり返るような吐き気が込み上げた。
(……無理だ)
視界が歪む。
呼吸が浅くなる。
相手は、確かに人を殺した。
それでも、目の前にいるのは、
恐怖で動けなくなった“人間”だった。
孤誓隊を前に、彼らは非力だった。
震え、逃げ、命乞いをする。
それが、余計にきつい。
派手な魔術は使えない。
人が多すぎる。
音も光も、すぐに広がる。
前に出たのは、接近戦の得意な三人だった。
バロロ。
エペ。
クレイ。
「覚悟しろォ!!」
バロロは、拳と体重で相手を制圧した。
関節を極め、地面に押さえつける。
意識を刈り取るだけで、殺しきらない。
まだ、“人間のやり方”だった。
問題は、残りの二人。
「男が!未来を奪った代償です!」
エペは、一切の躊躇なく踏み込んだ。
細身の剣――エペが、月光を反射する。
突く。
引く。
また突く。
急所だけを、正確に。
何度も、何度も。
感情はない。
作業のようだった。
そして、クレイ。
寝起きで機嫌が悪いのか、
彼は最初から苛立っていた。
「うるさいなぁ……」
低く吐き捨て、
巨大なクレイモアを振り下ろす。
一撃。
人だったものが、形を失う。
床に叩きつけられた肉の音が、耳に残る。
罵倒しながら、もう一度。
確認するように、もう一度。
「クズのくせに」
そこにあったのは、戦闘じゃない。
処理だった。
自分は、ただ立っていた。
何もできない。
止めることも、加わることもできない。
吐き気をこらえて、
視線を逸らさないようにするので精一杯だった。手が震える。目線が定まらない。
一方で、別の場所では、
光月、刹那、みずきが動いていた。
殺された志願兵たちに、静かに祈りを添え、
丁寧に遺体を運ぶ。
声はない。
泣き声もない。
それが、この校舎の日常なのだと、
無言で示しているようだった。
作業が終わると、
16歳組はいつもの調子で、短い会話を交わした。
「腹減ったなァ」
「帰って寝ましょう」
「血、落ちないのだ……」
それぞれ、何事もなかったように散っていく。
自分も、刹那に軽く声をかけられた。
「……無理に強くならなくていいわ。
今日は、見ただけで十分よ」
その言葉に、うまく返事ができなかった。
部屋に戻る。
扉を閉めた瞬間、
膝から力が抜けた。
――ここは、そういう場所だ。
改めて、思い知らされた夜だった。