テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第2章 第6話
「疑心暗鬼」
朝のラウンジは、静かだった。
食堂の喧騒から少し離れたこの場所は、時間が一拍遅れて流れている。
朝食を終えたあと、アクラは窓際の椅子に座り、膝の上の資料に視線を落としていた。
薄い紙束。
名前と年齢、出身地、そして簡潔すぎる評価。
秋月アクラ
15歳(年内16到達)
東幻出身
孤誓隊・セラフィナとクラグレア推薦
推薦理由:双呪
……双呪。
それだけだった。
努力も、成果も、才能も書かれていない。
不快だった。
ページをめくる。
麗羽バロロの資料には、こうある。
16歳
レリーラ共和国出身
孤誓隊・ゴールラ推薦
推薦理由:卓越した身体能力と、継続的な向上心
次。
明星みずき。
15歳(年内16再到達)
テリア出身
孤誓隊・アーポロ推薦
推薦理由:特殊能力の潜在性。エナジートレード。
(……なるほどな)
納得できる理由が、そこにはあった。
自分だけが違う。
アクラは紙を握り、ゆっくり息を吐いた。
(おれは、ただの偶然だ)
双呪。
あの夜。
銀髪の少年。
王族の死。
どれか一つでも欠けていたら、ここにはいなかった。
努力でも、実力でもない。
事故と呪いの結果。
——理不尽。
その言葉が、脳裏に浮かぶ。
「……そんな顔をすると思ってた」
いつの間にか、声がしていた。
顔を上げると、セラフィナが立っていた。
白衣の裾を軽く揺らし、いつもの余裕のある表情でこちらを見ている。
「資料、見た?」
「……見ましたよ」
ぶっきらぼうに答えると、セラフィナは軽く肩をすくめた。
「まあ、そうなるよね」
その反応が、余計に腹立たしい。
「で?」
アクラは資料を閉じた。
「何か用ですか」
「銀髪の子の話」
胸の奥が、ぴん、と張った。
「……あいつが、どうしたんですか」
セラフィナはラウンジの空いた椅子に腰掛け、指を組んだ。
「彼、最初は正式に尋問にかけられたよ。東幻の王族殺害。状況的に、当然だ」
当然だ。
その言葉に、喉が少しだけ詰まる。
「結果は?」
問い返した声が、自分でも分かるくらい低かった。
セラフィナは、一拍だけ間を置いた。
「執行猶予付きの無罪」
……は?
思考が、止まる。
「……今、なんて」
「無罪。完全な不起訴じゃないけど、罪には問われない」
耳を疑った。
王族を殺した。
それも、公衆の面前で。
それで——無罪?
「しかもね」
セラフィナは淡々と続ける。
「明日から、16歳組の孤誓隊に入隊する予定だよ」
ラウンジの静けさが、やけにうるさく感じた。
「……ふざけてる」
声が、勝手に漏れた。
「ふざけてないよ。制度の話」
「制度で、人殺しが許されるんですか」
睨むように言うと、セラフィナは困ったように笑った。
「“殺した”って言い方が、もう危ういんだ。彼の場合」
「何が違うんですか」
「状況証拠は揃ってる。でも、決定的な“動機”と“意思”が立証できなかった」
薄っぺらい。
あまりにも。
「……納得できません」
「そうだろうね」
即答だった。
「でも、納得できないからって、変わらない」
セラフィナは立ち上がり、窓の外を一瞬だけ見た。
「ここはゾラン王国。結果と価値で人を裁く国だ。彼は“使える”。それだけ」
使える。
その言葉が、胸を殴る。
「双呪も含めて、だよ」
視線が、自然と自分の胸元へ落ちる。
あの“糸”がある場所。
「……結局、都合じゃないですか」
ぽつりと言うと、セラフィナは否定しなかった。
「うん。都合だね」
認めるのか。
「だからさ」
彼女は、こちらをまっすぐ見た。
「きみも、同じだよ」
資料に書かれた「双呪」の文字が、脳裏に焼き付く。
「……」
「彼も、きみも。ここでは“猶予”を与えられた存在だ」
猶予。
裁かれなかった代わりに、
生かされているだけ。
「それが、孤誓隊」
セラフィナはそれだけ言うと、踵を返した。
「今日はこれ以上、話さない方がいい顔してる。頭、冷やしておいで」
軽い調子だった。
一人、ラウンジに残される。
資料を見下ろす。
自分の名前。
双呪。
(……あいつが来る)
明日。
同じ隊に。
胸の奥の糸が、静かに、しかし確実に張りつめていく。
何も起きていないのに、
確実に削られている。
——3日目は、そういう日だった。
四日目の朝。
合否はすでに出揃っていて、今日は“新しい仲間が来る”とだけ告げられていた。
指定された座学室に、十六歳組が集められる。
全員が揃ったところで、自然と席は固まっていった。
一列目。
みずき、光月、バロロ、アクラ。
落ち着かないやつと、目立つやつと、声の大きいやつに挟まれて、自分も前列にいる。
二列目。
刹那とエペ。
背筋が伸びていて、視線が鋭い。監視役みたいな並びだ。
三列目の、端。
クレイが一人で座っている。
誰とも距離を詰めず、机に肘をつき、退屈そうに前を見ていた。
担当はセラフィナ。
まだ何も言わず、教壇の前で静かに立っているだけなのに、部屋の空気は締まっていた。
――そこへ。
扉が、少し慌てた音を立てて開いた。
「ご、ごめんなさい! 遅れちゃいました……!」
先に入ってきたのは、黒髪のボブの少女だった。
息を切らし、両手を前で揃えて小さく頭を下げる。
そのすぐ後ろから、もう一人。
「す、すいませんすいません……!」
小柄な体。
金髪のぱっつん前髪に、緑のマフラー。
背中を丸めるようにして、部屋の中を恐る恐る見回す。
(……あ)
初日、温泉で会った先輩だ。
挙動不審で、やたら丁寧で、妙にこの校舎に詳しかった人。
ツヴァイが、視線を巡らせた、その瞬間だった。
三列目の端。
クレイと、目が合う。
ツヴァイの顔色が、目に見えて変わった。
肩がびくりと跳ね、反射的に一歩、後ずさる。
それを見て――
クレイは、楽しそうに口角を上げた。
「あは。こっちきなよ、ツヴァイ」
軽い声。
なのに、逃げ道を塞ぐみたいな響き。
「ひ、ひぃぃ……」
ツヴァイは声にならない声を漏らし、完全に固まった。
その空気を、鋭く切ったのはエペだった。
「刹那さん! 女子ですよ女子!」
「そうね」
刹那は一瞬も迷わず、少女の方へ視線を向ける。
「こっちの席においで」
「あっ、うん!」
少女はほっとしたように頷き、二列目へ向かう。
「あなた、お名前は?」
「わたしはジャック! ちょっと緊張してて……」
「ジャックちゃん! わぁぁ、かわいいですね!」
「そ、そうかなぁ……」
前列でそれを見ていたみずきが、首を傾げる。
「なんか、男みたいな名前なのだ……」
誰かが小さく笑った。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
――けれど。
アクラの胸に、引っかかるものが残った。
(……待て)
ツヴァイは、確か自分より一つ上のはずだ。
なのに、なぜ十六歳組にいる?
バロロに聞こうと、顔を向ける前に――
クレイが、口を開いた。
「キミがビビって逃げちゃったせいでさぁ」
楽しそうに、言葉を選ぶように。
「同期、全滅しちゃったもんねぇ?」
「……っ」
ツヴァイの肩が、きゅっと縮こまる。
「それで年下に紛れ込んできたんでしょ?
恥ずかしくないわけ?」
言葉が、教室に落ちる。
鈍い音を立てて。
ツヴァイは俯いたまま、今にも泣き出しそうだった。
――おかしい。
いつもなら、こういう場面で毒を吐いて止めるエペが、何も言わない。
刹那も、視線を伏せたまま。
クレイだけじゃない。
この場にいる全員が、ツヴァイを「歓迎していない」。
それに耐えきれず、声が出た。
「や、やめろよ! そういう言い方!」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
「そいつのこととか、去年のこととか……
まだ何もわかんねーけど、ツヴァイは――」
途中で、言葉が断ち切られる。
「何も知らないなら、黙ってろよ」
低く、冷たい声。
いつもの、ふざけた調子じゃない。
冗談の皮を一切被っていない。
クレイの視線が、真っ直ぐこちらを射抜いた。
そこにあったのは、はっきりとした殺意だった。
一歩でも踏み込めば、何かが壊れる。
そう分かるほどの圧。
――そのとき。
「はいはい。そこまで」
柔らかく、余裕のある声が割り込んだ。
教壇の前に立つセラフィナが、静かに笑っている。
薄い青の瞳が、全員をゆっくりと見渡した。
「朝から元気だねぇ。
でも残念、ここは裁判所じゃないし、処刑場でもない」
クレイを見る。
「過去の話は、後。
今は“席に座る時間”だよ」
軽い冗談みたいな口調。
それでも、逆らえる空気じゃなかった。
クレイは舌打ち一つせず、視線を逸らす。
セラフィナは次に、ツヴァイへ目を向ける。
「白刃ツヴァイ。
立ってると余計に目立つ。座りな」
「は、はい……! すいません……!」
ツヴァイは慌てて頷き、クレイの圧力に逆らえず彼の隣に居心地悪そうに座った。
教室に、再び静寂が戻る。
セラフィナの「よし。じゃあ改めて――今日からの話をしようか」で、教室は一応落ち着いた。
一応、だ。
空気の底にはまだ、刺さった言葉が残っている。
クレイの毒。ツヴァイの沈黙。誰も助けない感じ。
それを“朝の小競り合い”として片付けるには、この場所は乾きすぎていた。
セラフィナは教壇に肘をつかず、背筋を伸ばして言った。
「今日から、十六歳組の形が変わる。――増えるから」
その言い方が、やけに淡々としていた。
“増える”。
つまり、埋まった穴の分だけ。
前列のバロロが、膝の上で拳を握った。
みずきはスプーンも持ってないのに、口をもぐもぐさせる癖が出ている。
光月は鏡を出しかけて、エペに睨まれて引っ込めた。
セラフィナは黒板の端を指で軽く叩く。
「まず、入ってきた二人。ジャック、ツヴァイ。座ったね。よし」
ジャックは二列目でちょこんと座り直し、背中をぴんと伸ばした。
ツヴァイは、できるだけ小さくなりながら、クレイと目を合わせない角度を探している。
クレイはそれを眺めて、薄く笑ったまま。
セラフィナはそこで、少しだけ間を置いた。
“まだいる”のが、分かる間。
扉の前に視線が集まる。
そして、コン、と控えめなノック。
返事を待たずに、扉が開いた。
入ってきたのは、アクラと同じくらいの背丈の少年だった。
逆立った銀髪。眉が、ない。
薄い青い目は感情の置き場を失ったみたいに淡く、肌は雪みたいに白い。
服は戦闘向けに整っているのに、本人からは“人間の温度”が薄い。
教室の空気が、すっと冷えた。
(……こいつ!)
アクラの中で、昨日から溜めていたものが噴き上がる。
食堂で聞いた噂。
夜の処理。
そして何より――甲板の匂いと、最後の言葉。
「……すまないが、君は……誰……なんだ?」
思い出した瞬間、胸の奥の糸が、ぴん、と張った。
――やっぱりだ。
体が勝手に理解する。
“繋がってる”。
ここに来る前から分かってたはずの事実が、改めて殴ってくる。
誰かが小声で言った。
「……あいつか」
「王族殺しの」
「呪い持ちの……」
視線が刺さる。
嫌悪と、好奇と、妙な尊敬。
食堂で聞いたあの空気が、ここにもある。
銀髪の少年は、教室をざっと見回す。
誰にも礼を言わない。
誰の顔にも興味がないみたいに、目だけが滑っていく。
そして――前列の端で、アクラに視線が一瞬だけ引っかかった。
たったそれだけ。
なのに胸の奥が、いやに熱くなる。
アクラは椅子を蹴りそうになった。
立ち上がりかけた瞬間、腕を掴まれる。
「待て」
低い声。バロロだった。
でかい手が、意外と正確に力をかけてくる。
「今やると、詰むぞ」 「……離せ」 「離さねぇ。今はだめだ」
バロロの目は笑ってない。
“止めてる”んじゃなくて、“守ってる”目だった。
アクラは歯を食いしばった。
立ちたい。殴りたい。叫びたい。
でも、胸の糸がまた張る。
――ここで動くと、もっとまずい。
セラフィナは、そんなやり取りを見て見ぬふりしたまま、軽く言った。
「遅刻は減点。…まあ、慣例で一回は許そう」
銀髪の少年は、何も反応しない。
謝りもしない。
ただ、教壇の横に立っている。
セラフィナは、少し楽しそうに口角を上げた。
「紹介するよ。今日から孤誓隊に入る、“呪い持ち”の誓刃。――霧雪ゼグレ」
その名前が落ちた瞬間、教室のざわめきが一段上がった。
「ゼグレ……」
「聞いたことある」
「例の、暗殺者って……」
「いや、あれは“仕事”だったって……」
勝手な言葉が飛ぶ。
勝手な評価が並ぶ。
勝手に英雄にしたがる空気。
アクラの頭の中で、何かがぷつっと切れた。
「……ふざけんなよ」
声に出しかけて、バロロが肘で脇腹を小突く。
痛い。現実に戻される痛み。
セラフィナはゼグレに視線を向ける。
「席。空いてるところに座りな。――前の方がいい?後ろがいい?」
ゼグレは短く答えた。
「どこでも」
その声は、冷たくもなく熱くもない。
ただ、平坦だった。
教室の誰もが、彼を見ている。
でもゼグレは、見返さない。
人の視線を“壁の模様”くらいにしか思ってない目。
ゆっくり歩いて、3列目の端に座る。
そのたびに、床板が小さく鳴った。
アクラは、息を吐いた。
吐いたはずなのに、胸の中の圧が増える。
(こいつが……ここにいる)
しかも、同じ“十六歳組”として。
同じ任務に出る前提で。
バロロが、耳元で小さく言った。
「今は、我慢しろ。……あとで、聞けるタイミング作る」 「……おれは、聞くんじゃねぇよ。言うんだよ」 「どっちでもいい。生きてからにしろ」
その言葉が、やけに重い。
セラフィナは手を叩いた。
「はい。これで全員――とは言わないけど、今日の分は揃った」
#オリジナル
#和風ファンタジー
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!