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第10話:決定的瞬間
夕方の街路。
突然、建物の二階から大きな悲鳴が上がった。
古びたバルコニーが軋み、若い女性が手すりから落ちかけていた。
人々がざわめき、足がすくむ。
その中を、カイ=ヴェルノが駆け抜けた。
黒髪が揺れ、灰色の瞳は鋭く上を見据える。
彼は迷わず屋台の上に飛び乗り、肩幅の狭い体で必死に手を伸ばした。
「しっかり掴んで!」
手袋越しの指先が女性の腕をつかむ。
体重がのしかかり、腕に痛みが走るが、ヴェルノは歯を食いしばった。
やがて女性を抱きかかえるようにして地面へ降り立つ。
その光景を、群衆の中の数人がはっきりと見ていた。
灰混じりの髪の男、グレン=タチバナもそのひとりだった。
「……助けたのは、ヴェルノだ」
低い声で呟く。周囲の者も頷き、目を見交わす。
だがそこに、水色の髪が舞った。
ヒカル=セリオンが人々をかき分けて現れる。
マントを翻し、筋肉質の体を誇示しながら、女性の肩に手を置いた。
「心配するな、市民よ! 俺が救った!」
そう言って群衆に笑みを見せる。
いつものように、歓声が上がる……はずだった。
だが、その場は妙な沈黙に包まれた。
数人が口を開いたのだ。
「違う……俺は見てた。助けたのはヴェルノだ」
「そうだ、最初に手を伸ばしたのは彼だった」
視線が揺れる。
セリオンの笑顔が固まり、水色の瞳が苛立ちに細まった。
ヴェルノは人々の反応を見ず、ただ救った女性に「大丈夫ですか」と小さく声をかけた。
灰色の瞳はいつものように真っ直ぐで、何の誇示もなかった。
その静かな姿に、群衆の空気がゆっくりと変わり始めていた。