木曜日の朝、俊は駅前の銀行にいた。
銀行での用事を済ませると、少し買い物をして帰ろうと駅前を歩いていた。
その時、駅の構内に雪子が立っているのが見えた。誰かと待ち合わせをしているようだ。
俊が声をかけようと思った瞬間、改札から出て来た人の流れを見て雪子が笑顔になった。
すると雪子の傍へ、俊と同じくらいの年齢の男性が近づいて来た。
2人は笑顔で会話をした後、男性は雪子の背に手を当てて雪子を誘導するように歩き始めた。
男性は仕立ての良いスーツを見事に着こなし、清潔感溢れるなかなか感じの良い男だった。
髪は短くこざっぱりとし、履いている靴もピカピカだった。一体誰なのだろうか?
俊はそのまま二人を目で追っていると、二人は駅中のカフェへ入って行った。
俊は二人の事が気になって仕方がない。
(一体誰なんだ?)
同じカフェに入り2人の様子をチェックしようかと思ったがそれではすぐに気づかれてしまう。
ふと見ると、カフェの反対側に、イートインつきのベーカリーショップがある事に気づいた。
「ここで朝食でも食べながら、2人が出て来るのを待つか」
そう思った俊は、早速オープンしたばかりのパン屋へ入る事にした。
俊がベーカリーショップの自動ドアを入ると、レジにいた40代くらいの女性がびっくりした顔をしていた。
この日の俊の服装はサーファースタイルでジーンズにチェックのネルシャツ、その上に生成りの厚手の二ットカーディガンを羽織っていた。
焼けた肌に豊村悦司似の顔、薄茶色のサングラスをかけた還暦近い貫禄のある男がパン屋に朝イチで入って来たのだ。
びっくりするのも無理はないだろう。
ちなみに俊の後から入って来たのは、女性ばかりだった。
俊はぎこちない様子でトレーとトングを手にすると、向かいのカフェを気にしながら並んでいるパンを適当に1つ選んだ。
早く座って落ち着きたかったので、すぐにレジへ行き、
「ブレンドをお願いします」
と渋い声で店員に告げる。
しかしなぜか店員が必死に笑いをこらえている。
俊は不思議に思ったが、やはり向かいのカフェが気になりそんな事を気にしている余裕はなかった。
素早く会計を終えた俊は、カフェの入口がよく見えるカウンター席へ座った。
そしてコーヒーを一口飲むと、今買ったパンをむしゃむしゃと食べ始める。
(ん? いやに甘いな……)
俊が口にしていたのは、ハロウィンフェア用に作られた白いお化けの形のクリームパンだった。
その頃、カフェの中では、雪子と板倉が向かい合って座っていた。
「で、例の手紙は和真君に渡したの?」
「ううん、まだです。和真は今忙しくて、帰るとしても来週以降になると思います」
「手紙が来てる事は言ったの?」
「いえ……余計な心配をさせて仕事に支障をきたしても可哀想だから……」
「そりゃそうだな」
「今頃なんで手紙なんて……」
「まあ、異動になった事で少し弱気にでもなったんだろう。男も還暦近くなってくると色々考える事もあるだろうし」
「俊之さんの新たな女性関係っていうのは、職場の人なのですか?」
「俺は本人から聞いた訳じゃなくてあくまでも噂で聞いた話なんだけれどね、相手は婦人服売り場の派遣らしい。40代後半の女性で俺も見た事はあるが、そんなに美人じゃなかったなぁ」
「そうなんですね、ほんと馬鹿みたい。コツコツ積み重ねて来た実績を、女性問題でふいにするなんて」
「俺もそう思うよ。それももう57だぞ。いい歳をしてなにやってんだって感じだよな」
「ほんとそうです。板倉さんは同じバツイチでもちゃんと真面目にやっているのに、なんであの人は同じように出来ないんだろう?」
「あれ? 今、俺、褒められちゃった? なんか照れるなぁ…….」
板倉の言葉に雪子は思わず笑った。
板倉は、雪子が俊之と付き合っている頃からいつも優しくしてくれていた。
二人が離婚する際、その理由を知り俊之をかなり強く叱ってくれた。
それ以降、同期としての二人の関係は少しぎくしゃくしてしまったようだが、それでも板倉は俊之の事よりも子供を抱えた雪子の事をいつも心配してくれていた。
板倉は雪子にとって兄のような存在だった。
「それより、新しいパート先はどう?」
「同僚が皆すごくいい人達なので楽しく働かせてもらっています」
「そっかー、デパートとは大違いだな。醜い女の争いからは、見事抜け出せたって訳か」
板倉は笑いながら言うと、雪子はうんうんと大きく頷いた。
「で? なんかいい事あったろう?」
「えっ?」
「いや、なんかデパートにいた頃よりも、明るくなったなって思ってさ」
「そりゃそうですよ。満員電車には乗らなくていいし、我儘なお客様の要求に駆けずり回ることもないんですもの。思いっきり自由を満喫中です」
「自由かぁー、羨ましいなぁー、あー俺も早く自由になりてぇ」
「板倉さんは定年まであと3年もないでしょう?」
「そうだなぁ。もうすぐなんだよなぁ。定年後は何をするかなぁ」
「板倉さんは仕事が出来るから、まだしばらくいてくれって絶対言われますよ。だからきっと65まではお仕事でしょう?」
「もう働きたくねーよ」
板倉の言葉を聞いて、また雪子は声を出して笑った。
雪子の笑顔を目を細めながら優しく見つめていた板倉は、急に真面目な顔をして言った。
「雪子ちゃん、今度俺とデートしないか?」
「えっ?」
雪子は突然の事にかなり驚いた表情をしていた。
「いや、実は前から誘おうと思っていたんだけれど、転勤やらなんやらでごたごたしていてさ。でも今は少し落ち着いたから…….」
「………….」
「いきなりこんな事言われたら驚くよなぁ」
「はい、ちょっとびっくりしちゃって……」
雪子は戸惑っていた。
板倉の事を、ずっと兄のように思っていたので、いきなり『デート』と言われ正直頭がパニックになっている。
板倉が雪子の事をそういう目で見ていたのかと思うと、それに気づけなかった自分が情けないと雪子は思った。
もしそれがわかっていたら、きっと雪子は板倉とは会わなかっただろう。
自分は結局板倉の好意にただ甘えていただけなのだ。
そう思うと雪子はそんな自分が許せなかった。
やはり、元夫と関係のある人とは距離を置くべきだった。
「まあ、返事は今すぐでなくてもいいから」
板倉は雪子からすぐにYESの返事がなかった事に少し寂しそうな表情を浮かべていた。
話を終えた二人は店を出た。
板倉はこれから駅前の和菓子屋で買い物をしてから東京へ戻ると言ったので、雪子はカフェを出て板倉と別れた。
板倉と別れた後の雪子はかなり沈んだ表情をしている。
本当はこの後買い物をして帰ろうと思っていたが、なんだかそんな気分ではなくなっていた。
やはり板倉の言葉が心に重くのしかかっていたのだ。
雪子がどんよりとした気持ちで歩き始めた時、
「雪子さん!」
と後ろから声が聞こえた。
雪子が振り返ると、そこには俊がいた。
「一ノ瀬さん!」
雪子はびっくりした顔のまま俊が近づいて来るのを待った。
コメント
3件
↓本当、ウケるよね~😁w 渋いイケオジが白いオバケのクリームパン👻🎃🤣 俊さん、雪子さんのことになるとやっぱり余裕が無くなっちゃうんだね~⁉️🤭 シングルマザーでお仕事をして、親も看取って色々大変だったんだもの.... 板倉さんの思いに気づく余裕すらなかったのは 仕方がないと思う。 これからはきっと 俊さんが支えてくれるから、何でも相談した方が良いね🥰
白いお化けのクリームパン🤣そりゃ笑い堪えるの大変だったでしょうよー!それもイケオジで渋い声でブレンド☕️だもの🤣 あぁーお腹痛いꉂ🤣w𐤔 雪子さん自分を責めることはないよ。気付ない事もあるもの😊 俊さんがこれからどんな行動に出るのかな⁉️告白しちゃう⁉️❤◡̈*
俊さんが雪子さんと板倉さんのツーショットを目撃👀⁉️ 勘違いはないだろうけど驚きはするよね‼️😥 元会社の同僚だからカフェで会うのもアリだけど元ダンナの話からデートのお誘いなんて⁉️雪子さんは真面目だから線引きしなかった自分を否定しちゃうし…😥🌀 俊さん、なんとか雪子さんを慰めてあげてください‼️よろしくお願いします(>人<;)💦