翌朝、楓は大きなベッドの上で目覚めた。
引越しの疲れが取れていないのかなんとなくまだ寝足りない。そして身体も少しだるかった。
しかし意識がはっきりしてくると、急に背中に何かの気配を感じて目がパッチリと開いた。
その気配の正体は一樹だった。
一樹は横向きに寝ていた楓を抱え込むようにして背後にぴたりとくっついている。
楓の腰は一樹の両腕に固定されていて身動きが取れない。
(あ…あれ? 昨夜はベッドの端に寝たはずなのに……?)
身体を全く動かせない楓は焦りを感じながら昨夜の事を思い返した。
引越しが終わって業者が帰った後、楓は一樹と共に近所の蕎麦屋で遅い昼食を食べた。
その後マンションへ戻ってからはひたすら段ボールの山と格闘する。
楓が片付けに夢中になっていると、あっという間に夕方になった。
そこで一樹が夕食はデリバリーにしようと言ってくれた。
好きな物を頼みなさいと一樹が言ったので、楓はカレーのデリバリーを選んだ。
この地域にあるカレー専門店のデリバリーはとても美味しかった。
夕食を食べ終えると楓はまた片付けに専念する。
そして集中して頑張ったお陰で、夜8時頃には楓の部屋に積まれていた段ボールは全て片付いた。
一樹の部屋があるマンションは、高級住宅街に位置する低層階のマンションだ。
ヤクザがこんな場所に住めるのかと楓が驚いていると、一樹が詳しく説明してくれた。
このマンションは藤堂組が所有する物件で、不動産業を手広くやっている藤堂組は他にいくつも物件を所有していた。
物件の中には下っ端の組員達が住めるようにと社宅のようなマンションやアパートもあるらしい。
楓が今いる部屋はマンションの最上階の角部屋で、一つ下の階にはヤスも住んでいる。
一樹が言った通り部屋には女の影は一切なかった。『愛人は家に入れない主義』というのは本当のようだ。
マンションはまだ新しく、部屋の中は男の一人暮らしといった感じで物が少なくシンプルだった。
そのシンプルな室内で存在感を示しているのがお洒落な家具だ。
一樹の部屋にある家具は、ほとんどがデンマークの有名デザイナー『フリッツ・ヘンセン』がデザインしたものらしい。
洗練されたインテリアでまとめられた部屋は、ここがヤクザの住まいだという事を忘れさせてしまう。
その後楓は先にバスルームを使わせてもらった。
シャワーを終えてリビングへ戻ると一樹はまだリビングで仕事をするというので、楓は先に休ませてもらう。
二人でリビングにいても変な雰囲気になったら困るので、楓は逃げるように寝室へ向かった。
ベッドの上で楓はなるべく隅の方に身体を横たえた。
それなのに今はベッドの真ん中で背後からすっぽりと一樹に包み込まれている。
その時一樹が「うーん」と声を出して楓のうなじに鼻を擦りつけた。
決してふざけている訳ではなく、本当にまだ眠っているようだ。
(どうしよう……起きたくても起きられない……)
下手に動くと一樹を起こしてしまいそうなので、楓は息を殺してじっとしていた。
すると楓の耳元で一樹の穏やかな寝息が聞こえる。
自分の身体に男性が触れるのは、あのAV動画の撮影の日以来だ。
あの時の事を思い出すと、楓は今でも鳥肌が立ち身体がゾクッと震える。
肉感的なAV男優の裸体を思い出しただけで、楓は吐き気がこみ上げてきた。
しかし今はなぜかあまり嫌な感じはしなかった。
それは一樹から漂ってくる香りのせいかもしれない。
シトラスベースの中に爽やかな柑橘系の香り、そしてほんのりスパイシーさをミックスした一樹の香りは、なぜか楓に安らぎをもたらすような気がした。
若干ワイルドなその香りは楓の臭覚を心地よく刺激する。
(いい匂い……。香水? それともシェービングローションとかかな?)
楓が目を閉じてその香りを思い切り吸い込んでいると、突然楓の腰から一樹の両手が離れた。
「ああ…ごめん……いつの間にか君に触れていたよ……」
一樹が身体を離した瞬間、突然楓の身体が自由になる。
起きてすぐに一樹が紳士的に離れてくれたので、楓は意外な気がした。
「お、おはようございます」
「おはよう。眠れた?」
「あ、はい。気付いたら朝でした」
「俺がここに来た時、楓はもうスヤスヤと寝息を立てて可愛い顔して眠ってたよ。引越しで疲れてたんだな」
「そうかもしれません」
さり気なく『可愛い顔して』と言われた楓はドギマギする。
一樹に寝顔を見られたと思うと恥ずかしくて仕方がない。
まだ一樹に背を向けたままの楓を見て一樹は言った。
「楓、こっち向いて」
「嫌です。顔が浮腫んでるから……」
「浮腫んでなんかないさ。楓、こっちを向きなさい」
一樹は楓の肩を掴むとぐるんと自分の方を向かせた。
「あんっっ」
楓は恥ずかしくてつい可愛らしい声を漏らしてしまう。
その声に一樹が反応する。
「あんまり可愛い声を出さないくれ。俺を刺激したいのか?」
一樹はそう言ってニヤリと笑った。
「そ、そんなつもりじゃ……」
恥ずかしさのあまり楓の頬が赤く染まる。
すると一樹は両手を頭の下に置いてから言った。
「添い寝もいいもんだな。楓と一緒なら毎日寝るのが楽しみだ」
「…………」
「こうやって段々俺に慣れていけ」
「…………」
「大丈夫だ。すぐに慣れるから」
「……はい……」
すると一樹は楓の髪の毛をクシャクシャッと撫でてからベッドから降りた。
「先にシャワーを浴びるよ。楓はもうちょっとのんびりしているといい。今日は家具を見に行くけどその前に外でモーニングをしよう。いいな?」
楓がコクリと頷くと、一樹は寝室を後にした。
コメント
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瑠璃マリコさま、ペコメ隊の皆様✨メリークリスマス🫶💕 一樹さんからのバックハグが大切にされてる感凄くて堪りません😘 新生活スタート🫶楓ちゃんが一樹さんからの愛情を感じ少しずつ癒やされ幸せになってほしいな🥰
え〜なぁ〜 この2人だけの時間🤭💓 一樹さんが優しく包んでくれてるぅ🫶
マリコ先生、みなさん。メリークリスマスです。実は昨日までクリスマスを忘れていました。歳とったのかなぁ〜。 一樹はさりげなくいい奴ですね。とても楓を大事にしているのがわかります。