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#溺愛
桜咲かな
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#溺愛
桜咲かな
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桜咲かな
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桜咲かな
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街は燃えていた。
城壁は崩れ、昨日まで王都を守っていた兵士たちの骸が、通りを埋め尽くしている。
逃げ惑う人々の悲鳴。
家々を焼く炎。
そして、それらすべてを呑み込むように響き渡る無数の蹄の音。
東から現れた騎馬の大軍は、城門を破ると瞬く間に街へ雪崩れ込んだ。
抵抗する者は斬られ、逃げる者は追われた。
王宮の尖塔から、王国の旗が引きずり下ろされる。
代わって掲げられたのは、見たこともない異国の旗。
わずか一日。
難攻不落を誇ったヴァンガルド帝国の帝都は、
モンゴリア帝国軍の軍馬に踏み潰されていた。
「ぐずぐずするな!」
怒声とともに、一人の男が引き立てられてきた。
身につけている甲冑は煤と泥にまみれていたが、
それでもひと目で高価なものと分かる。
「ひざまずけ」
背中を押され、男は膝を折った。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、エウロピアの諸部族とは明らかに異なる風貌の男たちだった。
見慣れぬ甲冑。
見慣れぬ武器。
その背後には、おびただしい数の騎馬兵が並んでいる。
男――セヴェリウス・ヴァルガルドは、その光景を黙って見つめた。
カイル戦争の後、エウロピアの盟主として君臨したヴァルガルド帝国皇帝。
かつて幾人もの王を跪かせた男が、今は異国の征服者たちの前に跪いている。
遠くでは、帝都が燃えていた。
赤々と燃え上がる宮殿。
崩れ落ちる城壁。
空を覆う黒煙。
セヴェリウスは、その光景を見つめながら悟った。
――終わったのだ。
エウロピアに覇を唱えたヴァルガルド帝国は、今日ここに滅びた。
「聞かれたことのみ答えよ」
異国の将の一人が口を開いた。
セヴェリウスは顔を上げる。
降伏条件か。
財宝のありかか。
あるいは、これから自分をどう処刑するか。
そんな言葉を予想していた。
だが、男の口から出たのは、そのどれでもなかった。
「お前たちが、ククス・ゼイオンと呼ぶ男は今どこにいる」
「……何?」
セヴェリウスは眉間に皺を寄せた。
あまりにも予想外の名だった。
「早く答えぬか!」
背後から打ち据えられ、セヴェリウスの身体が揺れる。
それでも彼は、奇妙なものを見るように男たちを見上げた。
「ゼイオン……」
そして、遠い記憶を辿るように呟いた。
「懐かしい名だ」
「どこにいる」
「死んだよ」
空気が変わった。
異国の将はわずかに目を細める。
「……ならば、墓はどこにある」
「墓?」
セヴェリウスは首を傾げた。
「墓と呼べるものは、ここにはない」
「では、どこにある」
「あるとすれば――グラツィアだ」
異国の将は振り返った。
その後ろに控えていた老軍師と言葉を交わす。
老軍師は何も言わず、ただ小さく頷いた。
将は再びセヴェリウスへ向き直った。
「なぜ、そんなところにある」
「ゼイオンは、その方の国の軍監ではなかったのか」
「ああ。そうだ」
セヴェリウスは答えた。
「だが、あの男は異国の地で死んだ」
「異国?」
「グラツィア――青野ヶ原」
その地名を聞いても、異国の男たちに覚えはない。
「そこでゼイオンは戦死した。もう十数年も前になるか」
しばしの沈黙。
やがて老軍師が、低い声で尋ねた。
「誰に殺された」
セヴェリウスは老軍師を見る。
「サイラス」
そして、はっきりとその名を告げた。
「サイラス・イシスだ」
今度は、老軍師の表情が変わった。
「その者は、まだ生きておるのか」
「生きている」
セヴェリウスは答えた。
「奇妙な男だ。ゼイオンを殺したくせに、ゼイオンの弟子といって弔ったらしい」
老軍師はしばらく黙っていた。
そして、これまで一言も発することなく中央に座していた若き将帥へ顔を向ける。
「若」
若き将帥は答えなかった。
燃え落ちるヴァルガルドの帝都を、ただ静かに見つめている。
やがて――。
その男が、初めて口を開いた。
「サイラス・イシス……」
その名を、確かめるように呟く。
そして立ち上がった。
「草原の男として、その者を」
視線は、燃える帝都のさらに向こうへ向けられていた。
「父の仇を討つ」
話は、三年前に遡る。
エイシア大陸。
初代皇帝ジンギス・カーンが築き上げたモンゴリア帝国は、
その死後もなお征服を続けていた。
二代皇帝――オゴタイ・カーン。
彼は亡きジュチの跡を継いだ男に、エウロピア方面総司令官の地位を与えた。
その名は――。
バトウ。
だが、この遠征に参加したのはバトウだけではない。
ジンギス・カーンの四男トルイの長男――モンケ。
二代皇帝オゴタイの長男――グユク。
帝国の次代を担う皇族たちが、次々と遠征軍へ加わった。
そして、もう一人。
初代皇帝ジンギス・カーンの時代から数え切れぬほどの戦場を駆け抜け、
その版図を広げ続けてきた老将がいた。
スブタイ。
モンゴリア帝国最強の軍師。
常勝無敗の将軍である。
バトウ。
モンケ。
グユク。
そして、スブタイ。
これほどの将たちが、一つの遠征軍に集められた。
この遠征に賭けるモンゴリア帝国の力の入れようは、尋常ではなかった。
そして三年後。
エウロピアの盟主、ヴァンガルド帝国は滅亡する。
そのすべての始まりとなったのが――
バルガ川流域。
カルカン河畔の戦いであった。
コメント
1件
うわあ、第1話から重厚な世界観に一気に引き込まれました…! 燃え落ちる帝都、跪く皇帝、そして「父の仇を討つ」という若き将帥の一言。 異国の将たちがククス・ゼイオンという名を執拗に追う辺り、過去に何があったのか気になりすぎます。 特にサイラス・イシスという名前が物語の鍵になりそうで、三年前へ遡る構成も巧みだなって。 スブタイやバトウといった実在の名前を織り交ぜるセンス、痺れました…。続き、絶対読みます🌙