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階段の踊り場から俊之は江崎と俊のやり取りをこっそり見ていた。


俊之はショックを受けていた。江崎がまさか仕事中に他の男、それも客に対してあんなに媚びを売って話しかけているなんて今まで知らなかった。そのショックは計り知れないものがあった。

彼女が働いているファッションブランドは昔からある有名ブランドで、そこで働いている販売員と言えばカリスマ性があり業界でも憧れの的だ。

だからそこで働く江崎の事を俊之は洗練されたショップ店員だとばかり思っていた。

実際俊之の前で見せる江崎の立ち居振る舞いは一流ブランドショップ店員というイメージそのものだった。


しかし今見た光景はどう見ても水商売の女性が客に話しかけるような雰囲気だった。

俊之はいつも江崎から良い事しか聞いていなかった。

例えば客に褒められた事や男性客から食事に誘われた事、客からプレゼントを貰ったり息子の嫁にどうかと言われた事など、

聞こえのいい事しか俊之には話さない。そしてその話を俊之は信じていた。


だから今目の前で繰り広げられた江崎の最悪な接客を見て信じられない思いでいっぱいだった。

もしかしたら今まで俊之が聞かされていた話は全部嘘だったのではないか? そう思えてしまうくらい酷い接客だった。


これならまだ正社員として働いてきたみなみの方が接客マナーもデパート従業員としてのプライドもあるのではないだろうか?

俊之はそう思う。

とにかく俊之は江崎の本性を何も知らなかった事に愕然としていた。


そして元妻の連れの男が江崎の色仕掛けに惑わされる事なく適当にあしらっているのを見て苛立った。

自分はあっさり江崎の色仕掛けに引っかかったのにあの男は引っかからなかった。

そこに歴然と自分との差を見せつけられたような気がした。男として自分は負けたのだ。その事実が無性に俊之をイラつかせる。



その時麻美が俊の傍へやって来た。


「大丈夫? 口説かれてたんじゃない? あの子こいつもイイ男がくると声をかけまくるのよ。もう病気よね」


麻美は苦笑いを浮かべながら言った。


「雪子は?」

「今、何着か試着をしてもらっているわ」

「そうか。いや、今の女さ、雪子の元夫の愛人らしいんだ」

「えっ? あ、確か彼女このデパートの横浜店にいたって言ってたわよね」

「そうなんだ。離婚したのはもう随分昔なんだけれど離婚の原因になった1人目の愛人もこの店にいるらしい。で、その女と今の女がこの店で喧嘩をしたって噂になっているらしいけれど、知ってる?」

「知ってる! 私もちょうど社員食堂にいたのよ。そこで二人はコップの水を相手にかけて罵倒し合って大変だったのよ。まさかその原因の男雪子さんの元旦那さんだったなんてびっくりだわ」

「彼女はそれがあって今まで本店には来ないようにしていたんだよ。でも今日は俺の頼みを聞いて来てくれたんだ」

「そうなの……それは申し訳なかったわ」

「いや、逆にいいチャンスだったのかもしれない。彼女はもう逃げも隠れもしないって言ってたから」

「あら、それは頼もしいわ。悪い事をしてないのにコソコソする必要なんてないもの」

「うん。それに彼女には息子さんがいるから子供の為にも堂々としていようって思ったんだろうね」

「母は強し! だわね。強い女性は魅力的!」

「だな」


その時試着室から声がした。


「すみませーん着てみました…….」

「はーい、今行きまーす。俊も一緒に来て!」


麻美に言われたので俊も試着室へ向かった。

そこには恥ずかしそうな顔で雪子が立っている。その姿を見た俊は思わず見惚れてしまった。


雪子が着ていたワンピースは肩と首回り、袖が上品なレースで覆われている。

キュッと引き締まったウエストから下の部分は細かいプリーツスカートが女らしいラインを作っている。

色はラベンダーグレーで落ち着いた色味が雪子の上品さを引き出し、とてもよく似合っていた。

俊は元妻のセレクトの完璧さに脱帽する。


「どう? 雪子さん着心地は?」

「とっても素敵なデザインなのに着ていて凄く楽です」

「そうなの、このブランドは凄く着心地がいいのよ。どう? 俊?」

「いいと思う。すごく素敵だ!」

「じゃあこれにする? それとも他のもいくつか着てみる?」


試着室の前には他に3着のワンピースが用意されていたが今着ているワンピースを見てしまうとどれも格が落ちるような気がした。


「これが一番いいんじゃないか?」


俊が言うと麻美も言った。


「私もそう思うわ。これね、昨日入ってきたばかりの新作なのよ。雪子さんはどう?」

「私もこれが凄く気に入りました。素敵過ぎてなんだか勿体ないくらい」

「じゃあこれに決定ね! これを着て雪子さんがパーティーに来てくれると思うと私も嬉しいわ」


麻美はニコニコしている。


「でも、お値段が…….私、自分で買いますから」


そこで麻美が間髪入れずに言った。


「雪子さん大丈夫よ、この人稼ぐばかりでお金を使う機会がほとんどないんだから。こういう時に使わせてあげて!」

「でも…….」

「気にしないでいいよ。今日は雪子が勇気を出してここまで来てくれたんだ。だからそのお礼みたいなものだよ」


俊は微笑んだ。そこで麻美も言った。


「ウフッ、俊からさっきちょっと聞いちゃった! 私も雪子さんの応援団よ。だから今日は思いっきり俊に甘えてライバルの女達をぎゃふんと言わせちゃったら?」


雪子は一瞬驚いていたが麻美の言葉に思わずクスクスと笑い出す。そこで麻美も一緒に声を出して笑った。



それから俊が会計を済ませてくれた。雪子は俊にお礼を言う。


「本当にありがとうございます」

「うん、気に入ったのが見つかって良かったよ。じゃあ行こうか」

「麻美さん、素敵なお洋服を選んでいただきありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。今日はわざわざお越しいただきありがとうございました。またパーティーでお会いできるのを楽しみにしています」


麻美に見送られて二人は店を出た。袋は俊が持ってくれている。

そして再び手を繋いだ二人は下りのエスカレーターへ向かった。


二人がショップを出る様子を俊之が見ていた。今の俊之はどうあがいても雪子の隣にいる男にはかなわない。

だから俊之は一歩前へ進み出る事が出来なかった。


本当は雪子と色々話がしたかった。先日和真宛てに送った手紙についても聞きたかった。なぜなら和真からはなんの返事もないからだ。やはりあんな手紙は送るべきではなかったのかもしれないと少し後悔もしていた。

和真に最後に会ったのは小学校高学年の時だ。それ以降どんな風に成長し今どんな大人になっているのか?

俊之なりにずっと気になっていた。


和真との最後の面会にみなみを連れて行った事はかなりまずかったと後で気づいた。

あの時はみなみがどうしても和真に会いたいというので何も考えずに連れて行ってしまった。

しかしあんな事はすべきでなかったと今は反省している。

あの時の面会以降、和真が俊之に会いたくないと言っていると雪子から聞いた。

結局それっきり父子の縁は途絶えてしまった。


その時俊之の脳裏に浮気が見つかった時のシーンが思い浮かぶ


あの日雪子は父親の入院の世話で実家へ2泊して来ると言って出て行った。

俊之は油断して家に来たいと言っていたみなみを雪子のいない留守中に招き入れてしまった。

そして夫婦の寝室のベッドでみなみと愛し合った。

そして情事を終え疲れ切ってベッドで眠っていると寝室のドアが突然開いた。


その時寝室に入って来たのは当時4歳の和真だった。


俊之はびっくりして言葉が出なかった。

あの時の和真の表情、そしてその後寝室へ来た雪子の表情を思い出すと今でも胸が痛む。

あれから俊之の人生が狂い始めた。


(あの事がなかったら今頃俺は雪子と和真と三人でマイホームで仲良く暮らしていたのだろうか?)


ふとそう思う。

社会人になった和真が恋人を家に連れて来たり、俊之が定年を迎えた日には雪子の手料理で家族三人でお祝いをしたり、もしかしたらそんな幸せな風景が待っていたかもしれない。そう思うとなぜか胸が苦しくなる。


(『浮気は甲斐性』なんてよく言うがあれは全くの嘘だな)


俊之はそんな事をぼんやりと考えながら、笑顔で遠ざかっていく元妻の後ろ姿をただ茫然と見つめていた。



51歳のシンデレラ

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コメント

4

ユーザー

俊之は自業自得だし今更雪子さんの前に現れても煙たがられるだけでしょ😨😨 俊さんと人としてのレベルが違い過ぎる。。

ユーザー

男として愛する女性がいながらよそ見をする人はいるけど、俊さんはしない。ただそれだけの事。 俊さんは雪子さんが隣で笑顔でいてくれるだけでいいと思ってるから。 でも俊之は自分に気がある相手に手を出した。それが破滅への第一歩👣 自分のする事が息子や元嫁に迷惑かけてるって気づいて‼️ 男としても俊さんに負けたって分かったのならもう一切の連絡をたってください✂️

ユーザー

↓らびぽろちゃんに同感です‼️ 俊さん、カッコ良い~😎👍️♥️ まぁ~俊さんが 雪子さんをスマートに エスコートする姿を見たら、 元旦那は、声もかけられないだろうなぁ🤔 男としての 格の違いを見せつけられて撃沈....⤵️⤵️ あ~スッキリしたぁ~\(^o^)/♪

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