テラーノベル
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暗闇の中、俺は考えに考え抜いていた。
かつてこれ程までにプライドを打ち砕かれた事は無い。
生への削除すらも考えた。
思考の頂きで俺の導き出した答は――
ナンセンスだ。
死で現実から終幕する等、何の意味も持たない。
それは99%の凡人の思考だ。
俺は二階堂玲人。伝説で有り続けなければならない。
幸いにもこの出来事は、まだあの女しか知らない筈だ。
終わりじゃない。奴の口を防ぎ、表に漏れさえしなければ、神話は崩れる事無く継続する。
まずは生きる事だ。
その先に必ず光明が差す。
俺は耐えて見せる。
どんな屈辱にまみれようと、どれ程の痛みを伴おうと、俺を屈する事等誰にも出来ないのだ。
俺に今までに無い、新たな決意が生まれた。
奴に感謝したい位だ。
この経験を得て、また俺は一つ上の頂きへ行ける。
現実神から、宇宙創造の神への頂きへと――
俺の正確無比な体内時計では、そろそろ朝だろう。
もうすぐ奴がやって来る。
“今日はアメよ”
昨日の事を思い出す。
なら恐らく今日はムチの方だろう。
肉体への痛みはラーニング能力で無効化出来るので、ある意味今日は楽な一日と言える。
精神を集中してその時を待つ。
やがて――
遠く離れた残響すらも聞き取れる俺のインフィニットイヤーは、正確にその足音を捉えていた。
“カツ カツ カツ”と、まるで悪魔の胎動。
そして開かれる地獄門――
「おはようジョン」
さあ……始まりだ。
「よく眠れたかしら?」
黙れカス。俺は高貴なる思考に使っていたのだ。
にこやかに問い掛けてくる女に、沸々と憎悪が沸き起こってくるが、ここは冷静に。
俺はもう受け入れる覚悟完了だ。
だが身は渡せても、俺の心だけは絶対に懐柔出来ん。
「今日の躾に今すぐ入りたい処だけど、まずは御飯よ」
またあれか……。
俺は進歩の無さに溜め息を漏らしそうになる。
予想通り昨日と同じメニューだ。たまには米を食わせろ。
「はいジョン、あ~ん」
一番搾りを考えると、食欲も渇きも失せてしまうが、俺は女の御期待通りに完食する。
なぁに、心を無にしてしまえばどうという事はない。
人で在ろうとするから抗うのだ。
「全部食べてくれるなんて嬉しいわぁ……。これなら明日からは“生”でも大丈夫そうね」
とんでもない爆弾発言に、俺の瞼が僅かに動くが、もう動揺する事は無い。
馬鹿が。俺は既に味覚を遮断しているのだ。
つまりは全てが無味無臭。
俺は全ての五感を自在に操れ、尚且つシックスセンス(第六感)の領域にまで在る。
全てが無駄に終わるという事を、後悔し思い知るがいい。
「さあ始めるわよ!」
無駄な徒労の始まりだ。
女が嬉しそうに取り出した“モノ”とは――
「…………?」
それは黒いアイマスクだった。
目隠しでもする気か?
「うふふふふ」
女は意味深な笑みを浮かべながら近付き、そのアイマスクを俺に掛けた。
瞬間訪れる深淵の闇。
俺は暗闇が苦手だが、この状況での闇は更に三割増で恐ろしい。
一体何をする気なんだ?
まて落ち着け。恐怖で押し潰されそうになるが、ここで俺の能力――
“アンチ五感フィールド全遮断発動”
刹那、俺の胎内に異変が起きる。
これでもう安心だ。
遮断する事によって、全ての感情も痛みも感じる事は無い。残念だったな。
「ジョンはエリザベート・バートリーって知ってるかしら?」
俺が余裕の安心で待っていると、不意に女が問い掛けみたいに言い出す。
クエスチョンが好きな女だ。
勿論知ってる。あらゆる知識に精通してる俺が知らない訳無いだろう。
中世のハンガリーで、女吸血鬼として後世に名を列ねる伯爵婦人だ。
自分の若さを保つ為に、処女の生き血を浴びたり飲んだりと、俺からすれば只のサイコ女、まだまだ小者に等しい。
だがそれがどうした?
「私は彼女の気持ちが分かるわ……。この肌が衰えていくなんて耐えられない」
所詮は同レベルか。浅はかな考えだ。
俺はその浅はかさに失笑しそうになるも、ここは堪える――と同時に、重大な事に感付いてしまった。
……まさか?
こいつも同レベルのサイコ女……だとすると――
「ジョンの美しい血を飲めば、きっと私はもっと美しくなるわ……。貴方に釣り合うまでにね」
予感は的中するから予感だ。
こういう時のシックスセンスはむしろ邪魔。
遮断したはずの感情が目を醒まそうとしている。眠れる獅子の覚醒を。
俺は今日の躾という名の拷問を、フライングで知ってしまったのだ。
『嫌だ冗談じゃない! やめろやめろやめろやめろぉ!!』
落ち着け、悟られるな。叫びたくともそれを声に出してはいけない。
それにしても俺の血を飲むだと?
この俺の気高き血を……。
それを想像してしまい、危うく眠れる獅子が覚醒する所だった。
だが考えてみれば安心安全だ。
俺は全てを遮断済み。ただ黙って時が過ぎるのを待っていればいい。
「うふふ、これな~んだ?」
女の猫撫で声。見えないのだから分かる訳無いだろ?
「あっ、と言っても見えなかったわね」
だったら聞くなカス。こいつわざとか?
恐らく石像の様に佇む俺に、恐怖を覚醒させようという魂胆なのだろう。
無駄な努力だ――
「これを突き刺していくわよ」
“ツキサシテイク?”
何だ? 何を持ってる!?
「ほらぁ、裁縫針ってあるでしょ? そんな一気に抜かないわよ」
その言葉で俺は全てを理解してしまった。
文字通り、針でいたぶる様に――
これから何が起こるのか理解してしまった瞬間、俺の眠れる獅子が目覚めてしまった。
「やめろぉぉぉ!!」
覚醒した時はもう戻らない。
「やめやめやめてぇ! いやゃやあぁあぁぁぁぁぁ!!」
俺は有らん限りの絶叫で懇願。
鞭ならまだしも、刺される痛みはまだラーニングされてないからだ。
獅子は暴れ狂う。
「大丈夫よ。ちょっとチクリとするだけだからね」
しかし女に止める意思は0.1%も無い。
一体何が大丈夫だというのか?
「さあイッツ、アイアンメイデン!」
洒落にしても趣味が悪過ぎる。
裁縫針じゃスケールが違い過ぎるだろ? と思う間も無く――
「あぎゃあああぁぁぁぁ!!」
女は俺の割れた大胸筋に、遠慮無く針を突き刺したのだろう。
見えなくても迫り来るシックスセンスの予感と、異物が神経に触れる感覚で分かる。
その突き抜かれた想像を絶する痛覚に、俺は思わず悲鳴を上げてしまっていた。
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