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#魔王
青空美空
8
ruruha
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298
於田縫紀
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◆
冷たい。
最初に感じたのは、それだった。
ぼんやりと目を開ける。
薄暗い部屋。白い光。鼻を刺す薬品の匂い。
ナターシャはゆっくりと身を起こそうとして、そこで気付いた。
「……あれ……。」
周囲を透明な壁が囲んでいる。
「……?」
指先で触れる。 硬い。冷たい。
ガラスだった。
「……イリア……?」
返事はない。
「……あ……え。」
喉がひくりと震える。
「なに、これ……。」
「ちょっと……待ってよ……。」
ガラスの向こうで、誰かが話している。
「……この個体はもうダメだな。」
低い男の声。
「でも、一応貴重な半神なのよ?」
女の声が続く。
「貴重とはいえ、代わりくらいいるだろ。」
その言葉を聞いた瞬間、ナターシャの背筋を冷たいものが走った。
「……あ。」
記憶が蘇る。
白い部屋。冷たい視線。痛み。
逃げられなかった日々。
「……やめ……て。」
「お願い……!」
その瞬間。
轟音が響いた。
世界が揺れる。
ガラスが砕け散り、凄まじい爆風が吹き荒れた。
「なんだ!?」
「きゃああっ!!」
「ガラスが……! 何が起こってるの!?」
「知らねぇよ!!」
「チッ……半神の被検体か……!」
床へ投げ出されたナターシャは、必死に呼吸をする。
「はぁ……っ、はぁ……。」
「っぐ……。」
手を見る。
赤い。ガラスが刺さっている。
「……い、たい……。」
「血……が……。」
頭上で、嫌な音がした。
天井に大きな亀裂が走っている。
ぱらぱらと破片が落ちてきた。
「…………ぁ。」
逃げなければ。
そう思うのに、身体が動かない。
「たすけ……。」
震える声が漏れる。
「誰か……!」
◆
「……っ!」
ナターシャは勢いよく目を開けた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
胸が苦しい。
呼吸がうまくできない。
窓の外では、まだ弱い雨音が続いていた。
「あ、ナターシャさん。 」
優しい声が聞こえる。
「……大丈夫ですか!?」
イリアは慌ててベッドの傍へ駆け寄った。
「落ち着いて……。」
「ほら、吸って……吐いて……。」
ナターシャは震えながら息を吸う。
「そう。」
「できてますよ。」
イリアの穏やかな声に合わせるうち、少しずつ呼吸が整っていく。
「……。」
ナターシャは毛布を握りしめた。
「また変な夢、見ちゃいました?」
「……うん。」
小さく頷く。
「……びっくり…した。」
「…変な夢って嫌ですよね。」
イリアはコップへ水を注いだ。
「……お水、飲めますか?」
「……うん……。」
ナターシャは少しずつ水を飲む。
冷たい水が喉を通り、ようやく現実へ戻ってきた気がした。
「……ねぇ、イリア…。」
「変なこと聞いてもいい……?」
「はい。」
ナターシャは俯いたまま呟く。
「この屋敷も……みんなも……。」
「…イリアも、全部あたしの夢だったりしないよね……?」
「……。」
「たまに思うの……。」
「あたし、ほんとはもうあの時死んで……。 みんな幻なんじゃないかって……。」
部屋に静かな雨音が満ちる。
イリアは少ししてから、ナターシャの隣へ腰掛けた。
「……大丈夫ですよ。」
その声は、とても穏やかだった。
「ナターシャさんは、ちゃんとここにいます。」
「私も、ここにいますよ。」
ナターシャはゆっくり顔を上げる。
そこには、いつものイリアがいた。
朝ご飯を作って、みんなを起こして、困っている人を見ると放っておけない、あの。
「…………。」
小さく頷く。
「……うん。」
イリアは微笑んだ。
「まだ頭、痛いですか?」
「……ちょっとだけ……。」
「ご飯、食べられそうですかね……?」
ナターシャは少しだけ考えて、ぽつりと言う。
「……プリン食べたい。」
「ふふ。」
イオは嬉しそうに笑った。
「わかりました。」
「少し時間はかかりますけど、作ってきますね。」
イリアが立ち上がろうとした時。
「……イリア。」
呼び止める声がした。
「……?」
振り返る。
ナターシャは何かを言いかけて、口を閉じた。
「……なんでもない……。」
「……。わかりました。」
イリアは無理に聞こうとはしなかった。
「ゆっくり休んでてくださいね。」
扉が静かに閉まる。
ナターシャは一人、毛布へ顔を埋めた。
いつの間にか雨は止んでいた。
まだ胸の奥には、あの白い部屋の記憶が残っている。
けれど。
遠ざかっていくイリアの足音を聞いていると、不思議と少しだけ安心できた。
それが夢ではないことを、願いながら。
コメント
1件
わあ……第十三話、すごく胸にくるお話でした……。ガラスに閉じ込められて「代わりくらいいる」って言われる悪夢、あの冷たさが読んでるこっちまで伝わってきて、息が詰まりそうになりました。「たすけて」の声が本当に切なくて……。でも目が覚めた後のイリアさんの優しさが、その分沁みますね。「お水、飲めますか?」の一声で、世界がふわっと温かくなった感じがしました。現実か夢か不安になるナターシャに「ちゃんとここにいますよ」って返すイリアさんの言葉、すごく好きです。最後のプリンを頼むところ、ちょっとだけ子どもに戻ったみたいで可愛かったです🌷