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二度目となる雅人の部屋。
相変わらず大きく、そして廊下に対しフラットな玄関。
どこで靴を脱ごうかと悩み、端の方に留まっていると「こっちにおいで」と手招き、シューズクロークから小さなイスを取り出した。
「脱ぎにくかった? ごめんな、女はあまり来ないから気が付かないな」
(んなわけないでしょ)
優奈が泣き出すわ、好きだとか言い出すわ。挙句アパートには住めなくなりそうだわ……で。
雅人なりに気を遣った発言なのだろうか?
もちろん特に必要では無いのだが遠慮なくイスに座り、スニーカーを脱ぎながら思い返す。
雅人が大学に入学すると同時。彼は家を出たが、優奈は一度も彼の部屋に招かれたことはなかった。
いつも帰ってきてくれるのを待つばかりで、不満は募っていったけれど。
(わがままばっか言って子供扱いされるの嫌だから我慢してたんだっけ)
そう遠くはない過去を思い返していると、当たり前のように手を差し出される。
大きく蘇りつつある恋心、少しだけ胸を躍らせて優奈はその手を取った。
連れて来られた先は、黒が基調の大きなアイランドキッチンがあるダイニング。顔を上げ見渡すと、以前来た時には少し目にしただけのリビングにも繋がっている。
雅人がテーブルの上にカップを置きながら「優奈」と、静かに名前を呼んだ。
「悪い、ブラックしかない。お前飲めないよな? 何か買ってこようか」
「え!? いい、大丈夫。何とか飲めるよ」
「……そうか? これからは用意しておくから」
「これから、かあ」
ポツリと優奈が呟くと、雅人はほんの一瞬呼吸を止めて、そうしてすぐに大きく吐き出す。
「……優奈はどの辺りに住みたい? 探しておくよ。どうせならうちの近くにするか?」
などと、雅人はとんでもないことを言い出した。
「いや、この辺高くて無理だよ。それにリフォーム、最悪うちの部屋だけ最後にしてくれるって言ってたし、住めそうなとこ自分で探すよ」
「何言ってるんだ。騒音で、せっかく良くなってきてる体調がどうなるかわからないだろう。それに最後まんしてもらったところで、一時的に住むところがなくなることには変わりないぞ」
雅人は優奈の言葉をピシャリと全否定した。
「俺が住みやすいとこ探すから、金のことも気にするんじゃない」
「いや、気にするよ。ほんとお願いこれ以上は頭上げられなくなるから」
優奈も負けじと雅人の提案をピシャリと拒否する。
二人して黙り込んでしまうが、やはり先に口を開いたのは雅人だ。
「……まあ、ゆっくり相談しよう。とりあえず水漏れで今日はあの部屋無理だろう。うちに泊まってくれ。昼から仕事に出るけど……一度夜戻れるようにするから」
どうやら今すぐ話をつけることは諦めたようだ。
「な?」と、念押しされ、優奈はもうひとつ、大切な話をしていたことを思い出す。
いや、思い出してしまった。
タイミングとしては最悪だったのかもしれないが、一度口にしてしまった以上ズルズルと引き伸ばすのは性に合わない。
「……今までは、まーくんの家なんて絶対入れてくれなかったのにね」
「それは」
そのことについても、話をしたいと言ったのは雅人なのだが、明らかに話題にすることを躊躇っているように見える。
ならば自分から切り込むしかないだろう。と、少しずつ話題を変えてゆく。
「私さ、まーくんの隣に並んでも恥ずかしくない女になりたくて、ずっと頑張ってきたんだよね」
「……そうか」
「いつのまにか、自信なくして目的も忘れて……離れることばっかり考えてたけど」
他に気を向けたいのか、コーヒーを口に含む姿。
重苦しい空気になってきてしまった。
「でも結局、ダメだよね」
「……ダメって、何がだ?」
「また片想い、してもいい?」
雅人の問いには答えず逆に質問で返した優奈。彼は驚いたように目を見開き、そしてすぐにそれを隠すよう、俯いてしまう。
まずいな、これは無理な感じだ。直感ですぐに理解できてしまったけれど、何故だろう。
昔よりも怖くなくなってしまったのは、一度この想いを無いものにしてしまおうとした産物なのだろうか?
「昔さ、私の部屋で遊んでくれてた時ね」
唐突な始まりを不思議に思ったのか。雅人が顔を上げ優奈の表情を確認するかのように眺める。
「まーくん私が寝てると思って友達と電話してたんだよ。でも私聞いてたんだから、処女は面倒だとか重いとか話してて」
「ぶっ!」
見つめ合うことは憚られるのか、再びカップを手にしていた雅人がコーヒーを吹き出すというベタな反応を見せた。
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