テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
79
11
#追放
第151話 再配置
【異世界・転移した学園/正門前・夜】
雨は少しだけ細くなっていた。
それでも、正門の石畳は濡れ、街灯代わりに置かれた術灯の光を鈍く返している。
ハレル、サキ、リオの三人は、正門の外へ出る前に一度だけ振り返った。
校舎の窓に、いくつか灯りが残っている。
体育館の方は、他よりも明るい。
あそこに先生たちがいて、生徒たちがいて、ダミエがいる。
見送りに出てきた教頭は、濡れた傘も差さずに立っていた。
「行ってこい」
短い言葉。
だが、その中に“必ず戻れ”まで入っていた。
ハレルは深く頷く。
サキも小さく頭を下げる。
リオは何も言わず、ただ一度だけ視線を返した。
その時、ノノの声がイヤーカフ越しに入った。
『学園、まだ保ってる』
『ダミエが結界を二層固定。補助術師二人、南側と北側の継ぎ目維持』
『レアはまだ箱の中。暴れてはいるけど、今は抜けられない』
ハレルは主鍵を軽く握る。
その熱は、さっきより落ち着いている。
でも消えてはいない。
「分かった」
低く答えて、三人は正門を出た。
【異世界・転移した学園/体育館・同時刻】
ダミエは、結界の前から動かなかった。
レアを包む箱型の結界は、今や四重になっている。
外側二層が受け、内側二層が閉じ込める。
その継ぎ目へ、補助の結界術師が細い線を重ね続けていた。
結界の中で、レアが壁に額を押しつけたまま笑う。
「行ったね」
「いいよ、それで」
「分けた方が、壊れる時は綺麗だから」
ダミエは表情を変えない。
ただ、右手の指先をわずかに動かす。
「〈縫界・第二級〉――『裂け目を縫え』」
レアの右目側からにじみ出た影が、結界の継ぎ目を探る。
その前に、透明な糸のような結界線が差し込まれ、影を押し返した。
補助術師の一人が、小さく息を吐く。
「……本当に、この人、ずっと中でやってるんですね」
ダミエが短く返す。
「……止まってない」
「だから、こっちも止まらない」
体育館の奥では、先生たちがまだ点呼を続けている。
生徒たちの名前。
返事。
人の声が続く限り、この場所はまだ完全には壊れない。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/駅前通り・夜】
アデルとヴェルニは、駅を背にして王都中央へ向かっていた。
後方では、ホームの照明がまだ白く滲んでいる。
残した兵士たちと術師、駅員たちが、明るい場所を守っている証拠だった。
ヴェルニは歩きながら、濡れた前髪をかき上げる。
「駅を置いてくるの、やっぱ気持ちは悪いな」
「置いてきたんじゃない」
アデルが即座に言う。
「持ちこたえられる形にして、次へ進んだだけだ」
「言い方」
ヴェルニは笑う。
だが、それで少しだけ息が整った。
雨に濡れた王都の通りは、ところどころで術灯が揺れていた。
イデール班が流した光。
街を完全な暗闇へ落とさないための線だ。
アデルはそれを横目で見て、小さく言う。
「イデール先輩が持たせてくれてる。
ノノも回線を維持してる。
だから、こっちが行ける」
ヴェルニはその言葉に、今度は軽口を返さなかった。
代わりに前を見て言う。
「なら、さっさと合流しようぜ」
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区~中央区境界・夜】
ハレルたちは、イルダへ入るころにはかなり濡れていた。
学園から王都へ続く道は、まだ完全には安全ではない。
路地の奥に猫影。
建物の影に人型の気配。
だが、光の通っている道を選べば、以前より明らかに通りやすかった。
サキはスマホを見ながら先導する。
「この通り、まだ大丈夫」
「北側に寄ると赤い点が増える」
リオはその少し前を歩き、時々、闇の深い方へ視線を送る。
今は大きな戦闘になっていない。
だが、いつでも術を撃てるよう、呼吸だけは整えていた。
ハレルは、イルダの街そのものを見ていた。
店の軒先。
閉じた扉。
術灯に照らされた石畳。
逃げるだけの街ではなく、持ちこたえようとしている街になっている。
以前の、ただ逃げるしかなかった空気とは少し違った。
「……街が、まだ街のままだ」
ハレルが小さく言う。
サキが振り向く。
「イデールさんたちが守ってるからだよ」
その時、遠くの通りから柔らかい声がした。
「こっちよお、暗い方に行かないでねえ」
光の筋の向こうに、長身の女が立っていた。
大きな三つ編みを後ろにまとめた茶髪。
雨に濡れていても崩れない穏やかな笑み。
治療班の術師たちを背後に従え、通りそのものへ白い光を流している。
ハレルは、その姿を見てすぐに分かった。
――この人が、アデルの先輩の治療術師。
名前だけは聞いていた。
王都全体の癒やし系。
のんびりして見えるのに、治療班の隊長。
イデール=エピ。
「……イデールさん」
サキが小さく呟く。
初めて会う相手を見る時の、少し緊張した声だった。
イデールは三人を見て、少しだけ目を細めた。
「あなたたちが、学園から来た子たちねえ」
リオにはすでに見覚えがあるらしく、短く頷く。
「久しぶりです」
その言い方で、ハレルとサキは少しだけ肩の力が抜けた。
イデールも頷く。
「無事に出てきたのねえ」
それからハレルとサキへ目を向ける。
「話は聞いてるわあ。ここから中央へ行くんでしょう?」
「はい」
ハレルが答える。
「アデルさんたちと合流して、そのまま塔へ」
「ええ、分かってる」
イデールはやわらかく頷く。
「アデルたちもこっちへ寄せてる。
合流したら、そのまま塔の方へ」
その時、治療班の後方で、縛られた黒眼の兵士を見張っていた兵士が低く叫んだ。
「動いた!」
全員の視線がそちらへ向く。
縛られた兵士の口元が、またわずかに歪んでいた。
首元の影が濃くなり、青白い数列が鎧の継ぎ目を一瞬だけ走る。
サロゲートの片鱗。
まだ完全には死んでいない。
イデールの表情は崩れない。
「光、強めてえ」
治療班の術師がすぐに詠唱する。
「〈光癒・第二級〉――『灯れ』!」
白い光が兵士の胸と喉元を包み、黒い揺れを押し戻した。
完全には消えない。
だが、今は沈む。
リオが低く言った。
「……まだ残ってるのか」
イデールは頷く。
「だから街はまだ終わってない」
それから少しだけ笑う。
「でも、あなたたちはそっちを見て」
その言葉に押されるように、三人はまた中央区へ向かった。
【異世界・王都イルダ/中央広場手前・夜】
中央広場へ近づくにつれて、オルタ・スパイアがはっきり見えてきた。
塔は高い。
夜と雨の中でも、その輪郭だけは王都の上に真っ直ぐ立っている。
細い。
だが圧がある。
住民たちが「王都を守る塔」と呼ぶのも分かる。
上層の高窓。
外壁に沿う螺旋階段の影。
古い石の継ぎ目。
塔の裾野に広がる管理棟と小さな回廊。
中は見えない。
だが、ただの建物ではない空気が、ここまで来る。
「……あれが、底まで繋がってるのか」
ハレルが呟く。
「向こうのタワーと」
サキが言う。
「たぶんな」
リオが短く返す。
その時、広場の向こうからアデルとヴェルニが現れた。
雨に濡れた白い外套。
焦げたままの外套。
二人とも、長く歩いてきた顔ではなく、これから戦いに入る顔をしている。
ヴェルニが三人を見るなり、口元を上げた。
「遅かったな」
「そっちもな」
リオが返す。
短いやり取り。
だが、それで十分だった。
アデルはまずサキのスマホを見る。
「回線は」
「まだ安定してる」
サキが画面を見せる。
《LINK / STABLE》
の表示は消えていない。
アデルは頷いた。
「なら、ここからが本番だ」
【異世界・王都イルダ/中央広場・夜】
中央広場の一角には、ノノ班が臨時の分析拠点を作っていた。
携行端末。
簡易術灯。
地図。
王都の簡略図と、現実側から送られてきたオルタリンクタワーの断面図。
その両方が、布の上に並べられている。
ノノは、三人とアデル、ヴェルニが揃ったのを確認すると、すぐ本題へ入った。
『時間がないから短く言う』
『現実側は今、タワー外周の流れを測りながら、
南東のサービス導線から入る準備をしてる』
『こっちは塔の正面からは入らない方がいい』
ヴェルニが眉を上げる。
「なんでだよ。分かりやすいじゃねえか」
ノノが即答する。
『分かりやすいから』
『正面は王都の“守りの顔”そのもの。
見張りも、結界の癖も、一番強い』
ダミエがいない今、結界の細部を読む役はノノの分析しかない。
その声は速いが、精度は高い。
『入るなら西側の管理回廊。
上層の観測室に繋がる補助導線がある』
『そこから中層の記録保管庫、結界制御室を抜けて下へ行く』
『最深部は螺旋階段じゃなく、古い昇降環の方が近い』
アデルがすぐ理解する。
「つまり、塔の“表の顔”を使って入る」
『そう』
ノノが返す。
『向こうが会社の顔を使うなら、こっちは守りの塔の顔を使う』
ハレルはその地図を見ながら、主鍵を握る。
向こうはオフィスや商業フロアの顔。
こちらは観測塔と結界の顔。
上の顔は違っても、下の中枢は同じ。
サキがふと聞いた。
「レアの言ってた“もっと混ざったもの”って、やっぱり塔の下のことかな」
誰もすぐには答えない。
ノノの通信越しに、雨の音だけが一拍入る。
アデルが低く言った。
「行けば分かる」
「だから、見た目に引っ張られるな」
ヴェルニはその横で、もう塔だけを見ていた。
「見た目がどうでも、下に厄介なのがいるなら、それでいい」
「そういう問題じゃない」
アデルが即座に返す。
だが、ハレルはそのやり取りを聞きながら、
自分の中で何かが揃っていくのを感じていた。
向こうは、オルタリンクタワー。
こちらは、オルタ・スパイア。
どちらも“顔”を持った建物。
どちらも、最深部へ降りなければ意味がない。
ノノが最後に言う。
『再配置は終わった』
『ここからは進むだけ』
その一言で、全員が黙る。
残る者は残った。
行く者は揃った。
回線も、生きている。
あとは進むしかない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー南東サービス導線前・夜】
城ヶ峰たちも、動いていた。
タワー南東の搬入口は、表の華やかな入口とは違う。
照明は少なく、車両搬入と設備搬送のための実用一点張りの通路。
だが、その床にもやはり、
木崎のカメラ越しに見えたのと同じ青白い線が細く走っていた。
「ここまで仕込んでるか」
城ヶ峰が低く言う。
日下部はノートパソコンを抱えたまま、足元の線と画面を見比べる。
佐伯と村瀬も、その後ろで息を潜めている。
「南東が一番薄い」
日下部が言う。
「でもゼロじゃない。
入るなら、ここで一度だけ流れを鈍らせる必要がある」
木崎の声がイヤホン越しに入る。
『外周の一般客導線は今のところ保たれてる。
正面はまだ普通のビルの顔をしてる』
『だからこそ、こっちで入るしかない』
城ヶ峰は短く頷く。
「始めるぞ」
その一言に、全員が位置を変えた。
異世界側も、現実側も。
配置は終わった。
次は、境界の底へ向かうだけだった。