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#追放
第152話 奪還の道
【現実世界・オルタリンクタワー南東サービス導線前・夜】
南東の搬入口は、正面エントランスとは別の建物みたいに見えた。
華やかな照明も、大型モニターもない。
濡れた床。
金属製の搬入扉。
荷台車の跡。
設備搬送用の黄線。
働くためだけに作られた、無愛想な裏口。
だが、その無愛想さの下にも、青白い線が走っていた。
木崎は先に現場へ入っていた。
カメラを片手に、搬入口前の床をレンズ越しに覗き込み、
石畳から続く外周円陣の流れを追っている。
黄線の塗装。
排水溝の縁。
鉄柱の基部。
何気ない設備の配置が、どれも少しずつ“仕込まれた線”に見えてくる。
その時、背後で足音が止まった。
城ヶ峰たちだった。
先頭の城ヶ峰は雨を受けたまま、まず足元の搬入口前を見た。
その後ろに、ノートパソコンを抱えた日下部。
さらに佐伯蓮、村瀬七海、制圧班の隊員たちが続く。
木崎はレンズを下ろし、短く言った。
「遅い」
城ヶ峰はそれを受け流す。
「薄い場所は」
木崎は足元の床を顎で示した。
「ここだ」
「正面広場の円陣から流れてきた線が、ここで一段落ちてる」
「薄いが、切れてない」
日下部がすぐにしゃがみ込み、ノートパソコンの画面と床の黄線を見比べる。
佐伯と村瀬も、その後ろから足元の線を追った。
「搬入口の下を通る補助線です」
日下部が画面を指す。
「正面広場の外周円陣と、地下の観測制御層を繋ぐ枝線」
「完全に切ると、正面側へ返る。
だから、一段だけ鈍らせる」
木崎はカメラを上げたまま、別角度から床を撮る。
「レンズ越しだと南東が一番ノイズが弱い。
石畳の外周円陣と同じだ」
一拍。
「入るなら、ここしかない」
佐伯が濡れた壁を見ながら言う。
「白い施設の手前って、こういう“普通の作業の匂い”が残ってるんです」
「完全に異物になる前の、中間みたいな場所」
村瀬も頷いた。
「雨音が変です」
「跳ね返るんじゃなくて、床に吸われてる感じがする」
日下部はすぐにそれを拾う。
「……やっぱり節点だ」
「ここで落として、扉を開ける」
城ヶ峰は短く命じた。
「やれ」
隊員が点検口を開く。
その奥の配線束に、一本だけ異質なものが混ざっていた。
コードではない。
青白く光る、細い糸のような線。
雨に濡れても消えない。
日下部が素早く言う。
「左から二番目、そのあと下の補助線」
「順番を逆にするな」
「了解」
工具が入る。
青白い糸が一瞬だけ強く明滅し、それから鈍く沈んだ。
搬入口前の床を走っていたノイズが、一段だけ弱まる。
木崎がレンズ越しに確認する。
「……落ちた」
「今なら、殻の縫い目を広げられる」
城ヶ峰は搬入扉へ手をかけた。
「開ける」
重い金属扉が、低い音を立てて内側へずれた。
木崎はカメラを首に下げ直し、そのまま先頭集団のすぐ後ろへ入った。
【現実世界・オルタリンクタワー搬入区画・夜】
中は、拍子抜けするほど“普通”だった。
台車。
段ボール。
清掃用具入れ。
社員用のロッカー。
壁に貼られた避難経路図。
湯気の消えた紙コップが、片隅の棚に置かれている。
隊員の一人が思わず呟く。
「……普通だな」
「普通の顔を使ってるからだ」
城ヶ峰が即座に返す。
「それに引っ張られるな」
言葉どおりだった。
ここは本当に、働く人間のための裏通路だ。
だが、床の継ぎ目の下には見えない線がまだ生きている。
“普通”の下へ、別のものが埋め込まれている。
木崎は歩きながら周囲を撮っていた。
ロッカー。
注意書き。
荷札。
社員の生活感が残る場所ほど、逆に不気味だ。
「上の方は本当に会社なんだな」
木崎が低く言う。
「少なくとも、働いてる連中の痕跡は消してない」
日下部が小声で返す。
「だから厄介なんです」
佐伯が周囲の匂いを確かめるように息を浅く吸う。
「ここ、まだ人のいる階の延長です」
「でもこの先で切り替わると思う」
村瀬もすぐに言う。
「音も。
ここから先、足音が吸われる場所があるはずです」
搬入区画の奥には、業務用のエレベーターと非常階段が並んでいた。
エレベーターの表示ランプは正常を示している。
だが、木崎がレンズを向けると、階数表示のガラスの奥にだけ青白い線が浮く。
「……これ、普通じゃないな」
木崎が言う。
日下部は即座に首を振る。
「エレベーターは使わない」
「階数表示が深層と噛んでる」
「階段だ」
城ヶ峰が言う。
隊員たちは無言で頷き、非常階段へ向かった。
木崎も、そのまま同行する。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/中央広場西側・オルタ・スパイア管理回廊前・夜】
オルタ・スパイアの西側管理回廊は、正面の石段よりずっと地味だった。
王都の住民が塔を見るときに思い浮かべるのは、
正面の高い石段と、尖塔へ伸びる縦の線だ。
だが西側には、管理用の細い回廊が塔の外壁に沿うように伸びている。
雨に濡れた石壁。
狭い出入口。
古い術灯。
守りの塔の“裏口”と呼ぶのがいちばん近い。
ノノの分析班が、その入口の手前に簡易拠点を作っていた。
布の上に広げられた地図。
現実側から来た断面図。
王都の古い記録の写し。
術灯の白い光が、その全部を照らしている。
アデルが回廊の入口を見上げ、短く言った。
「ここから入る」
ヴェルニは壁に手を当てる。
石は冷たい。
だがその冷たさの奥に、ただの石じゃない張りがある。
「正面より薄いな」
ヴェルニが言う。
『正面は“守りの顔”そのものだから』
ノノが即答する。
『こっちは管理導線。観測室と記録保管庫に繋がる補助の道』
『王都を守るための塔は、守る人間が出入りする顔も持ってる』
ハレルはその言葉を聞きながら、塔を見上げた。
高窓。
雨に濡れた石の継ぎ目。
外壁沿いの細い回廊。
見れば見るほど、こっちは“塔”なのに、
向こうのタワーと同じ作りをしている気がしてくる。
サキはスマホを見下ろしていた。
地図の上で、オルタ・スパイアの外周に薄い白線が走っている。
正面は濃い。
西側は細い。
「……こっち側、ほんとに薄い」
サキが言う。
「でもゼロじゃない」
「ゼロなら逆に怖い」
リオが短く返した。
「見えてる分だけ、まだやりようがある」
その時、回廊の奥から二人の術師が出てきた。
塔の管理を任されている側の術師らしく、深い青の外套を着ている。
ノノがすでに話を通していたのだろう。
こちらを見る目に警戒はあるが、足を止める意志はない。
「記録保管庫までは案内する」
年上の術師が言った。
「それより下は、こちらも通常は入らない」
アデルが頷く。
「十分だ」
それで話は終わりだった。
余計な言葉は要らない。
ここから先は、守りの塔の奥へ入る道だ。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア西側管理回廊・夜】
中へ入ると、空気が変わった。
石の匂い。
濡れた外壁の冷たさ。
高い天井へ吸い込まれる足音。
正面から見上げた時の“塔”の印象が、そのまま内部へ伸びている。
だが、その中に混ざるものがある。
壁に埋め込まれた観測板。
星位を記した古い円盤。
結界補正用の細い術紋。
それらが、どれも少しずつ“線の流れ”を持っている。
ただの飾りでも記録でもなく、どこか下へ向かって機能している。
「……向こうのタワーと似てる」
ハレルが小さく言う。
「上の顔が違うだけだ」
アデルが振り返らずに答えた。
「下へ行くほど同じになる」
回廊を抜けると、円形の小部屋に出た。
そこには天球儀と記録棚、星位観測に使う大きな鏡が置かれている。
表向きの観測室。
王都の術師たちが、きっと本当にここで仕事をしているのだろう。
ヴェルニが鏡へ目を向け、少しだけ眉を寄せた。
「……これ、映り方がおかしいな」
全員がそちらを見る。
鏡の中の自分たちは、ほんのわずかに立ち位置がずれていた。
今ここにいる位置ではなく、一歩だけ下に寄った場所へ映っている。
ノノが即座に言う。
『その鏡、見るな。下層の位相が被ってる』
ハレルはすぐに視線を外した。
主鍵が、ほんの少し熱を持つ。
「本当に、“顔”の下に別のものがあるんだな」
リオが小さく言う。
アデルは短く答えた。
「だから正面から入らない」
案内の術師たちは、そこで足を止めた。
「ここから下は、記録保管庫を抜けた先だ」
「昇降環はその奥にある」
「ありがとう」
アデルが言う。
それで終わりだった。
彼らは引き返し、残った五人はさらに奥へ進む。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー地下二層・管理区画・夜】
現実側も、下っていた。
非常階段を二層分降りた先で、空気が変わる。
搬入区画の、現実的な匂いから、もっと乾いた管理の空気へ。
廊下の照明は白い。
床は灰色。
壁には備品管理の棚、施錠された倉庫、社員用端末。
一見すれば、ただの地下管理区画だ。
「……ここだ」
村瀬が小さく言う。
「この“普通”の感じの次に、白い方が来る」
佐伯も頷いた。
「音が変わる」
「ここから先、足音が吸われるはずです」
木崎はその言葉を聞きながら、廊下の奥を見た。
見た目は普通の管理区画。
だが、カメラ越しだと壁の継ぎ目の下に、薄いノイズが何本も増えている。
「……確かに顔が変わるな」
木崎が低く言う。
「同じ会社の中なのに、ここから先だけ“人間の仕事場”に見えない」
日下部が図面を見て、進行方向を指す。
「管理区画の一番奥。保守用の二重扉」
「そこから下が観測制御層へ落ちる最短です」
城ヶ峰は短く手を振る。
前進。
左右確認。
ライトは落とさない。
廊下の途中、ガラス越しの小部屋がいくつもあった。
机。
モニター。
社内資料。
人が働いていた痕跡。
その“普通”が残っていること自体が、かえって嫌だった。
その時、廊下の奥の角から、人影が一つ現れた。
白いシャツに社員証。
若い男。
顔色が悪い。
本当に普通の社員に見える。
隊員が反射で構えかける。
だが城ヶ峰が手で制した。
「止まれ」
男は立ち止まった。
震えた声で言う。
「下、行くんですか」
その一言で、空気が一気に張る。
敵か。
一般社員か。
定着体か。
顔だけでは分からない。
ここで、木崎が一歩前へ出た。
城ヶ峰ではない。
日下部でもない。
木崎の役割は、こういう“顔”の違和感を読むことだった。
カメラを上げる。
社員証。
目線。
立ち位置。
喉の動き。
シャッターは切らない。
ただ、レンズ越しに見る。
「……本物だ」
木崎が低く言う。
「少なくとも、顔は借りてない」
城ヶ峰がその判断を受けて、男へ聞く。
「社員証を見せろ」
男は震える手で首元のカードを外す。
クロスゲート・テクノロジーズ。
設備保全課。
写真も名前も一致している。
日下部が小さく言う。
「……本物っぽい」
男はかすれた声で続けた。
「下の管理に回されてて……」
「途中から、白い方の連中が増えて……」
「でも、誰も上にはちゃんと報告しなくなって……」
木崎はその言い方を見ていた。
怯えは本物。
しかも“白い方”という言葉の選び方に、現場で見た人間らしい距離感がある。
作り物ではない。
城ヶ峰が低く言う。
「案内しろとは言わん。
知ってることだけ言え」
男は二重扉の方を見て、喉を鳴らした。
「その先、保守通路が二本あります」
「左は白い部屋に出る。
右は、もっと下の制御階に近いです」
日下部と佐伯、村瀬が同時に顔を上げる。
図面と記憶が一致したのだ。
木崎はそこで、ようやく小さく息を吐いた。
「……使える」
城ヶ峰が頷く。
「十分だ。お前は上へ戻れ」
男は一瞬だけ躊躇い、それから走るように来た道を戻っていった。
その背中を見送りながら、木崎が低く言う。
「普通の社員も残ってる」
「そして、下の顔はもう普通じゃない」
城ヶ峰は短く返した。
「だから急ぐ」
その先の二重扉の向こう。
そこから先が、本当に“白い側”だ。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア中層・記録保管庫手前・夜】
こちらも、塔の奥へ進むほど空気が変わっていた。
上層の観測室までは、まだ“王都の塔”だった。
だが記録保管庫へ近づくにつれて、石壁の継ぎ目にごく薄い青白い線が混ざり始める。
古い魔術紋の中へ、何か別の数列が噛み込んでいる。
サキがスマホを見ながら足を止めた。
「……増えてる」
「何が」
ハレルが聞く。
「ノイズ」
サキは画面を見せる。
塔の内部を示す白線の一部へ、細い乱れがいくつも走っていた。
外からは見えない。
でも、下へ行くほど増える。
ヴェルニが、石壁に走る薄い線を指先でなぞりかけて、アデルに睨まれた。
「触るな」
「分かってるよ」
だがその時、奥の暗がりから、かすかな笑い声が聞こえた気がした。
ハレルの背中が冷える。
レアではない。
サロゲートでもない。
もっと別の、形の定まらない笑い。
リオが低く言う。
「……見た目に引っ張られるな、だったな」
アデルは短く頷いた。
「その通りだ」
「ここから下は、“塔の中”だと思うな」
その一言で、全員の足取りがさらに重くなった。
◆ ◆ ◆
両方の世界で、道はもう“表の顔”の内側に入っていた。
タワーの裏口。
塔の管理回廊。
普通の社員。
王都の観測室。
そこまではまだ、人が使う場所だった。
だが、その先は違う。
下へ行くほど、境界は薄くなる。
顔は意味を失い、向きだけが残る。
奪い返すための道は、ようやく本当の入口へ辿り着き始めていた。
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