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アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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「いい、ジャンヌ」
エレンは、後輩に言い聞かせるように胸を張った。
「大后殿下が突撃しろと言えば、突撃する」
「はい」
「肩を揉めと言われれば、肩を揉む」
「……わかりました」
エレンはすっかり先輩風を吹かせていた。
ジャンヌは神妙な顔で頷く。
「承知いたしました」
だが、少ししてジャンヌは周囲を見回した。
今回の遠征には、各国の諸侯だけではない。
ロウム教の高位聖職者たちも、大勢同行している。
「でも、エレン先輩」
「なんだ」
「今回、ロウム教の偉い方々もたくさん来ていますよね」
「ああ」
「大后殿下も、やりづらくないですかね」
その言葉に、エレンは一瞬きょとんとした。
そして、当然のことを言うように答えた。
「ジャンヌ」
「はい」
「心配ない」
エレンは胸を張った。
「レイナ大后にかなう聖人は、この世にいない」
そう断じた。
モネ高原。
広大な草原と緩やかな丘陵が、どこまでも続いている。
遮るものは少ない。
馬を走らせるには、これ以上ない土地だった。
モンゴリア騎馬軍団にとっては、まさに格好の戦場である。
平原でまともにぶつかれば、圧倒的に不利。
レイナにも、それは分かっていた。
だから彼女が見ていたのは、高原そのものではなかった。
その中央を流れる大河――サヨ河。
そして。
そこに架けられた、一本の橋だった。
レイナは馬上から、しばらくその橋を見つめていた。
川幅。
流れ。
岸の高さ。
橋の長さ。
周囲の地形。
一つ一つを確かめていく。
やがて、その口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「……ここね」
モンゴリア軍が最も得意とするのは、広い場所での戦い。
ならば――。広い場所で、戦わせなければいい。
そして、その時は来た。
バトウ率いるモンゴリア軍二万が、モネ砦の眼前に姿を現した。
迎え撃つベラの軍勢は、五万を超える。
各国から集まった騎士。
諸侯の兵。
そして、ロウム教皇軍。
数では圧倒的に勝っていた。
「出撃せよ!」
ベラは迷わなかった。
城門が開き、騎士たちが一斉に平原へ躍り出る。
戦いは、あっけなかった。
騎士たちの目から見れば、モンゴリア兵の装備はあまりにも貧相だった。
薄い革鎧。
小さな弓。
軽装の騎兵。
放たれる矢も、重装騎士の鎧を容易には貫けない。
「押せ!」
「逃がすな!」
騎士たちは勢いづいた。
やがてモンゴリア軍は戦場を離れ、東へ退却を始めた。
ベラ軍は追った。
一日。
二日。
三日。
それでも敵は逃げ続ける。
そして――。
その退却は、九日間に及んだ。
九日目の夜。
諸将を集めた作戦会議で、ベラは地図を眺めながら言った。
「どうやら敵は、我らの軍勢が予想以上に多いことに気づいたようだな」
諸侯たちが頷く。
「二万で五万を相手にするのは無理だ」
「このまま逃げ帰るつもりでしょう」
ベラは腕を組んだ。
「おそらく、奴らは戦うことを諦めた」
そして、地図の上を指でなぞる。
その先には――。
サヨ河。
一本の橋。
「ならば、逃がす必要はない」
ベラは笑った。
「ここで、一気に叩く」
「ところで――」
レイナが地図を見つめたまま口を開いた。
「サヨ河を渡れる橋は、この一本だけなのか」
不意を突かれ、ベラは一瞬言葉に詰まった。
「あ、ああ。大軍が渡れる橋は、ここ以外にはない」
「そして、橋の向こうには森がある」
レイナは地図の一点を指した。
「敵は、そこにいるのじゃな」
「そのはずだ」
「ならば」
レイナは顔を上げた。
「この橋の奪取と、その後の守備は妾が承ろう」
ベラが答えるより早く――。
「お待ちください」
大司教マーチャーシュ・ラートートが口を挟んだ。
「私も、敵はすでに退却の準備を始めているものと考えております」
レイナが黙って彼を見る。
マーチャーシュは続けた。
「人目を避けて軍をまとめ、撤退の準備を進めるには、森は絶好の場所です」
そして地図上の橋を指した。
「ならば、この橋の奪取は、我が軍にお任せいただけないでしょうか」
「……ほう」
「橋も、森も」
マーチャーシュは静かに言った。
「スパルーニャの騎馬隊を効果的に使える戦場とは申せません」
ベラは腕を組んだ。
確かに、一理ある。
狭い橋。
木々の密集した森。
騎馬隊の機動力を活かすには、あまりにも不向きだ。
「よかろう」
ベラは頷いた。
「橋の奪取は、マーチャーシュ卿に任せる」
「感謝いたします」
マーチャーシュは深々と頭を下げた。
レイナは何も言わなかった。
ただ――。
地図の上に描かれた、一本の橋を見つめていた。
「妾たちは、間違いなくこの地へ誘導された」
レイナは自軍陣営に戻ると地図を見つめていた。
「九日もかけてな」
エレンもジャンヌも黙っている。
「ならば、何かあるはずじゃ」
レイナの指が、サヨ河をなぞった。
「川幅は広い。そして深い」
容易に軍勢が渡れる川ではない。
視線が、その中央に描かれた一本の橋へ移る。
「やはり、この橋か……」
しばらく考える。
だが――。
レイナは目を閉じた。
何かが引っかかる。
橋が重要なのは、あまりにも分かりやすすぎる。
敵の軍師が、そんな単純なことのためだけに九日もかけて自
分たちをここへ連れてきたとは思えなかった。
「……いや」
レイナは目を開いた。
「やはり、手は打っておくか」
「何をなさるので?」
エレンが尋ねる。
レイナはサヨ河の下流を指した。
「エレン。ジャンヌ」
「はい」
「お主たちは、ここに陣を構築して待機せよ」
レイナは地図のある一点を指した。
ジャンヌが首を傾げる。
「橋の向こうへ攻め込むんですよね?」
「そうじゃ」
レイナは小さく笑った。
「敵が、本当に退却しているのならな」
エレンが地図へ目を落とす。
「……退却していなかったら?」
「決まっておろう」
レイナの指が、ゆっくりとサヨ河をなぞった。
「どこかから攻めてくる」
二人が顔を見合わせた。
川幅は広い。
水は深い。
軍が渡れる橋は一本しかない。
それでも――。
レイナには、どうしても嫌な予感が消えなかった。
「だから妾たちは――」
レイナは地図の一点を指で叩いた。
「ここで待つ」
コメント
1件
エレンとジャンヌの先輩後輩感がほっこりしますね。「大后殿下にかなう聖人はいない」って断言するところが好きです。そしてレイナの直感――橋が目立ちすぎてかえって怪しい、という読者の違和感を代弁してくれる感じが絶妙でした。九日間も誘導されてきたのに、ベラは単純に追い詰めたと思ってる。そこに気づくレイナの慧眼、かっこよかったです。次の展開が気になります!