副社長室にはデスクやソファーセット以外に、八人掛けの大きなテーブルが置いてある。
副社長室に大きなテーブルがあるのは珍しい。
おそらくここでミーティングやちょっとした会議を行なうのだろう。
その時ノックの音がしてドアが開いた。
「買って来たぞー! 六人分で良かったんだよな?」
入って来たのは専務の優斗だった。
「おっ、サンキュ! そこに置いてくれ」
優斗は壮馬の指示通り紙袋をテーブルに置く際に花純に気付いた。
「あっ、花純ちゃんだ! 今日からよろしくねー」
「よろしくお願いします」
その時、またノックの音が響いた。
壮馬が、
「どうぞ」
と声をかけると、ドアが開いて男女三人が入って来た。
「おっ、来たか」
「「「副社長失礼しまーす」」」
三人はそう言ってすぐにテーブルの傍まで来た。
「じゃあ皆揃ったから始めましょう。こちらは藤野花純さん。彼女は今一階のフローリストにいるんだが、以前は青山花壇の本
社で庭園デザイン設計部に所属していたそうだ。これからこの企画のアドバイザーとして加わってもらうのでよろしく」
壮馬に紹介された花純は三人に向かって挨拶をする。
「藤野です。どうぞよろしくお願いいたします」
すると、三人が次々と自己紹介を始めた。
「商業施設ブランド部課長の有田です。どうぞよろしく」
「同じ課の水森です。よろしくお願いします」
「同じく商業施設ブランド部の早川美咲です。よろしくお願いします」
課長の有田は眼鏡をかけた真面目そうな40歳前後の男性。
水森は30歳前後の爽やかな雰囲気の男性。
そして唯一女性の早川美咲は花純と同世代のようだ。
これから三ヶ月、花純はこの三人と共に空中庭園の改良プロジェクトに携わるの。
三人が感じの良い人ばかりなので花純はホッとする。
プロジェクトを実行する上で最も大切なのは人間関係だ。
チームとして動く場合は特に重要なので花純は安堵する。
「じゃあ自己紹介も終わったので早速始めましょうか。でも小腹が空いただろうからサンドイッチを食べながらという事で」
優斗はそう言って先ほどの紙袋からコーヒーとサンドイッチを取り出した。
「うわぁ嬉しい! さすが専務、気が利きますねぇ」
「ほんと、腹減ってたから助かります」
「残念ながらこれは副社長からの差し入れだよ。俺は使いっぱしりに行って来ただけー」
「ええ? そうなんですか? 副社長ご馳走様です」
「「ご馳走様でーす」」
皆が笑顔で言う。
「ん、遅くまで残ってもらって申し訳ないからな。じゃあ食べながら話を進めようか」
壮馬は自分も席に着きコーヒーを一口飲んだ。
皆が飲み始めたのを確認してから、花純もコーヒーに砂糖とミルクを入れる。
花純がコーヒーを飲む時は砂糖とミルクが必須だ。
その様子を、壮馬はしっかりと見ていた。
その日の話し合いの主な議題は、どんなテーマに沿って庭園を造るかの一点に絞られた。
全てを一から作り上げる為にはコンセプトは重要だ。
水森と美咲がいくつかの企画書を持って来たので、一つ一つ説明をしてもらう。
●四季の花を主役にしたフラワーガーデン
●香りをテーマにハーブを中心としたナチュラルハーブガーデン
●バラ園を中心とした英国調のローズガーデン
●四季を織り込んだ落葉樹を取り込んだナチュラルガーデン
●四季を織り込んだ和風に特化した日本庭園
大体こんな感じだった。
一通りの説明が終わった後、課長の有田が花純に聞く。
「えー今回の改良に当たって一番重要視しているのはコスパです。今の庭園にかかる費用は当初予定していたよりもかなり割高
なので、今後はそこを少し押さえていきたいんです。今度改良を終えたら、おそらくずっとそのイメージを維持していくと思い
ますので、持続可能なコストパフォーマンスを念頭に置いていただけたらと。その点をふまえた上で、藤野さんのご意見をお聞
かせ下さい」
そこで花純は正直に思った事を話し始めた。
「まず一つ目のフラワーガーデンについてですが、花を中心とした庭園はいつの時代も全ての年齢層に受け入れられるのです
が意外とコストがかかるんです。花を季節ごとに植え替えたり、枯れた花を取り除いたり、綺麗な状態を維持する為の人件費で
結構コストがかかるんです」
花純の説明に五人はなるほどと頷く。
「次にハーブガーデンですが、とてもいい案だとは思いますが、ハーブの花は可憐なものが多いので傍に近づかないと花を楽し
めないという欠点があります。まあ花の代わりに良い香りは堪能できますが、開花時期が終わった冬から春にかけての時期は少
し寂しい印象になるかなぁと」
そこで課長の有田が言った。
「じゃあバラ園はどうでしょう? バラは最近マダム達の間で密かなブームになっていますよね? 奥様方をこの庭園に引き込
めれば、ビルのテナントの収益率もかなりアップするのかなぁと」
「はい、そうなると経済効果はかなり見込めます。でもあの場所はビル風がかなり吹く場所なので、バラにとっては結構過酷か
なと…」
そこで美咲が言った。
「バラは風通しの良い場所が良いってうちの母が言っていましたが、それでも駄目なのですか?」
「小高い丘くらいなら大丈夫ですが、強風が吹き荒れるビルの谷間だとちょっと可哀想かもしれません。それに美しいバラ園を
維持する為には、やはりそれなりのコストがかかります。あと、バラの開花時期は華やかですが、花が咲かない時期も結構長い
ので、バラの開花時期だけ混雑してそれ以外は閑散としてしまう可能性があるでしょうね」
花純の説明に、他の五人は難しい顔をしながら深く頷く。
「となると、あとは四季を織り込んだ庭園か。洋風にするか和風にするか?」
水森が言った。
すると美咲がこう言った。
「和風庭園はあり得ないわ! だって若い人が多いお洒落な地域なのよ。絶対に洋風がいいと思う」
「いや、意外と日本庭園も需要はありますよ。この辺りのタワマンには結構高齢者も多いですし外国の方も多い。それに高齢者
は何といっても大きなお金を落としてくれるじゃないですか。高齢者を呼び込んだ方がテナントの収益率は上がるんじゃないか
なぁ?」
水森がそう言った後、花純が口を挟む。
「美しい日本庭園を維持するには、やはりそれなりにコストがかかります。本格的な枯山水なんかを作れば、それこそ庭師も必
要ですし。そう思うと、一番コスパがいいのは一年を通じて楽しめる四季を取り込んだ洋風の庭園かもしれません」
その言葉に五人はなるほどと頷く。
「洋風と大まかに言っているけれど、イメージ的にはどんな感じ?」
優斗が花純に聞く。
「高原の避暑地にいるような森はいかがですか? 例えば軽井沢や富士五湖の別荘地にいるような? 今は東京の猛暑にも耐え
られる品種の白樺の木もありますし、暑さに強いシマトネリコ、あとはコナラやクヌギ。コナラやクヌギはきちんと剪定すれば
それほど大きくはなりませんし、どんぐりの実を落としてくれるのでお子さん達にも喜ばれるかと。あ、ただ落葉樹なのでお掃
除の方が少し大変になるかもしれませんが」
「軽井沢かぁ、素敵! 都会のビルの狭間にそんな空間があればきっとみんな訪れたくなると思いますよ」
美咲がうっとりした表情で言う。
すると課長の有田も言った。
「大きな木があればクリスマスイルミネーションも作れますね。きっとクリスマスには人気スポットになるかもしれない」
「じゃあ四季を意識した洋風の避暑地をイメージした庭園に決定でいいですか?」
有田課長が皆に聞く。
「いいです」
「いいと思いまーす」
「賛成!」
反対する者は誰もいなかった。
そこで有田が壮馬に聞いた。
「全員一致のようですけれどいかがでしょうか?」
そこで壮馬が花純に聞いた。
「その庭園に適した樹木は手に入りそうですか?」
「はい。今の時期だったら充分仕入れられると思います」
「分かりました。ではその方向で進めて下さい」
壮馬は頷いてからそう言った。
そこで有田課長はホッとして笑顔になる。
「ではこの方向性で行きましょう。水森君と早川さんにはこのイメージのパースデザインを作って来て貰えますか? 何パータ
ーンでも可能な限り」
有田の言葉に二人はギョッとする。
「パースデザインなんて学生時代にやったっきりで…」
「私もです。自信ありません…」
「そりゃ困ったな…じゃあ藤野さんに頼もうかな? 藤野さん、お願い出来ますか? あなたの思うようなイメージで構いませ
んから」
「わかりました」
花純は答えながらメモを取る。
「じゃあ今日はここまでにしましょう、時間もちょうど二時間経ったし。明日は植栽以外の詳細を詰めていきたいと思いますの
で、エクステリア全体のイメージやガーデンファニチャーについてをイメージしてきて下さい」
「「「はい」」」
コメント
3件
皆さん良い人そうで、素晴らしい空中庭園が完成しそう☺️
メンバーの人間関係も良好、素晴らしいプロジェクトになりそうな予感....🌳🎄🎶 花純ちゃん、的確なアドバイスはさすが‼️👍️♥️
とても和やかで和気あいあいとしててアイディアもたくさん出て副社長や専務も話がスムーズに通るしこれから3ヶ月の内にどんなステキな空中庭園に変化するのかとても楽しみ〜🥰🌻🎈