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#異世界転生
K-Takasaka
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「ククルース……!」って声が出ました。あの軽口で親分を生還させて、自分は残る。彼なりの覚悟がにじんでいて、胸が熱くなりました。そしてエレノア王妃。重臣の前で一滴も涙を見せず、国を支える指揮を執り続けた強さ。それでも一人きりになって「リチャード……」と崩れ落ちる姿に、母親としての痛みがひしひしと伝わってきて、こちらも涙が止まりませんでした。公と私、二つの顔を抱える人間の描写が本当に丁寧で、心を揺さぶられる回でした。
「リ……リチャード……」
カルドは、白煙の向こうを呆然と見つめていた。
やがて、その顔が憤怒に歪む。
「お……のれええい!」
後方に控えさせていた馬へ駆け寄ると、鞍に飛び乗った。
このまま単身、敵陣へ突っ込むつもりだった。
その時――。
一騎の騎馬が、横合いから駆けてきた。
「親分、負けだ」
ククルースだった。
「ここは退却だ」
そう言ってから、カルドを見て首を傾げる。
「ん? 馬に乗ってる」
そして、にやりと笑った。
「さすが親分。準備がいいなあ」
「……」
カルドは何も答えなかった。
だが、その顔を見た瞬間。
熱に浮かされていた頭が、わずかに冷えた。
いつものククルースだった。
いつもの、くだらない軽口。
それがカルドを、戦場へ引き戻した。
「殿《しんがり》は、あっしが」
「……うむ」
カルドは手綱を握り直した。
「死ぬなよ」
「あたりめえです」
ククルースは笑った。
「あっしはまだ、親分からポーカーの勝ちを取り立てていやせんぜ」
カルドも、ほんのわずかに笑った。
「そうだな」
「じゃあ、後でな」
「へい」
カルドは馬首を返した。
その背中が、味方の軍勢の中へ遠ざかっていく。
ククルースはしばらく、それを見送っていた。
やがて――。
完全に姿が見えなくなると、ゆっくり馬の向きを変えた。
前方。
白煙の向こうから、モンゴリア騎兵が次々と姿を現している。
一騎。
十騎。
百騎。
その数は、見る間に増えていった。
ククルースは肩をすくめた。
「……生かして返しては、くれなさそうだな」
そして剣を抜いた。
数日後。
エスカリオ王宮。
王妃エレノアは、朝から王宮に漂うただならぬ気配を感じ取っていた。
廊下を走る侍従。
慌ただしく行き交う騎士。
そして、誰も自分と目を合わせようとしない。
「コピット」
「はっ」
「重臣を招集せよ。すぐにじゃ」
やがてエレノアは、ジョン王子を伴って会議の間へ向かった。
母の表情がいつもと違うことに、ジョンも気づいていた。
だが、何も聞かなかった。
ただ黙って、その隣を歩いた。
「ジョン」
エレノアが、不意に口を開いた。
「もしものことがあらば……」
そこで言葉が止まる。
何を言おうとしたのか。
エレノア自身にも分からなかった。
やがて二人が会議の間へ入ると、すでに重臣たちが集まっていた。
ほどなく、一人の使者が進み出る。
「申し上げます」
声が震えていた。
「未明、レグザ近郊において、わが軍はモンゴリア軍と交戦」
誰も声を発しない。
「激戦となりましたが……わが軍は敗北いたしました」
ざわめきが広がった。
使者は一度、息を呑んだ。
「ヘンリク卿、戦死」
そして――。
「リチャード王子も……戦死なされました」
エレノアの表情が止まった。
ジョンが息を呑む。
「王は、王はいかがされた」
「カルド王の行方は、現在も分かっておりません」
会議の間が一気に騒然となった。
「静まれい!」
王妃の背後に控えていたウイリアム・マーシャルの怒声が響き渡る。
ざわめきが消えた。
エレノアは、使者をまっすぐ見つめた。
「それで――」
わずかに声が掠れた。
「リチャードは、今いずこにおる」
使者が俯いた。
答えない。
「申せ!」
エレノアの一喝に、使者の肩が跳ねた。
「モンゴリアの将バイダルは……」
一瞬、ためらう。
「リチャード王子の首を掲げ、ウロアフ城へ入城いたしました」
沈黙。
誰一人、動かなかった。
エレノアもまた、何も言わない。
ただ、その両手だけが強く握り締められていた。
やがて――。
「……おのれ」
低い声が漏れた。
「おのれ……蛮族どもめ」
だが、次の瞬間。
エレノアは顔を上げた。
そこにいたのは、息子を失った母ではなかった。
エスカリオ王妃だった。
「よいか」
一同を見渡す。
「以後、ジョン王子を代理執政とする」
「全土に非常令を敷け。各地の諸侯には、王都の命なく兵を動かすことを禁ずる」
「コピット」
「はっ!」
「何より先にカルド王を探せ。生死を問わず、必ず見つけるのじゃ」
「はっ!」
「マーシャル」
「ここに」
「二万の騎士に動員令を発せよ。私の指示があるまで、そなたが預かれ」
「承知」
「ネルソン」
「はっ」
「海軍を出撃させよ。沿岸諸都市を監視せよ」
エレノアの目が鋭くなる。
「この混乱に乗じ、敵になびく者があれば――」
一拍。
「容赦はいらぬ」
誰も口を挟まなかった。
「分かったら、すぐにかかれ!」
「はっ!」
重臣たちが一斉に立ち上がる。
ジョンもまた、母を見つめていた。
エレノアは最後まで、涙を見せなかった。
そして――。
すべての命令を出し終えたあと。
一人、自室へ戻った。
扉を閉める。
侍女さえ入れなかった。
しばらく、何もせず立っていた。
やがて。
「……リチャード……」
その名を呼んだ瞬間。
膝から力が抜けた。
エレノアは寝台に縋りつくようにして顔を伏せた。
声が外へ漏れぬよう、口元を押さえる。
それでも嗚咽は止まらなかった。
王妃ではなく。
ただ一人の母として。
エレノアは、息子のために泣いた。