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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
櫻子達を乗せた人力車は、門柱に、酒井医院と書かれた看板がかかっていなければ民家と見間違うだろう、粗末な建物の前で止まった。
「おう!兄さん、ご苦労だったな!」
龍が、懐を探りながら声をかけた。
が、たちまち、しまったと、持ち合わせがないことに気が付いたのか、顔を歪める。
「あい!」
お玉が、車夫へ何かを差し出した。
「おや、飴玉かい?」
お玉から、何かを受け取った車夫は、その顔つきを、みるみる変えて行く。
「ひゃ、百円?!そいつも、2つも?!」
会場で、ばらまいていた、おひねりの残りを、お玉は、しっかり持っていたようだった。
「やっ、こ、こりゃ、何かの冗談で?!二百円も、頂けませんよ!旦那!」
「まあ、そう言わず、受け取ってくれ。持ち合わせが、それだけしかねぇんだよ。っつーか、お玉。お前、なんで、持ってたんだ?」
「あい!あんパン!」
「……あんパンって、お前、あんパン買うつもりだったのか?!」
で、おひねり、くすねるとは、てぇしたもんだと、龍は、呆気にとられながらも、お陰で、車代が払えたと、お玉の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「あーー!龍!」
ほいほい、と、嫌がるお玉に答えつつ、龍は、お玉を抱いたまま、さっと座席から飛び降りて、車夫に変わり、人力車の背後から、踏み台を用意すると、櫻子へ、手を差しのべた。
車夫は、受け取った額に仰天し、やるべきことも忘れ立ち尽くしている。
「そんじゃ、兄さんよ、ちょいと待っててくれねぇか。原宿村まで、誰かが戻らなきゃいけねぇはずだ」
長道になるから、それで足りるだろと、龍は、言いつつ、お玉を含め、今後の事を考えていた。
八代、もしくは、龍が、一旦金原の屋敷へ戻る、はたまた、諸々の騒ぎの始末に走るか……。人力車は、必要になるだろう。
確かに、八代と金原を運んだ虎がいるが、思わぬ何かしらが起こった場合に備え、虎の車は、残しておくべきだろうと、龍は読んでいた。
すると、その虎が飛び出して来た。
「龍の兄貴!社長の着替えを持って来てこいと、八代の兄貴が!それと、奥様も、連れて帰って欲しいと言われてるっす!!」
「おう、わかった。着替えだな。どのみち、お玉を連れて帰らなきゃ行けねぇからなぁ。櫻子ちゃん、一旦、帰ろう」
言われて、櫻子は、口元を引き締め、蒼白な面持ちのまま、人力車から降りると、龍が差し出す手を振り切り、病院の入口玄関へ駆け出した。
「ちょっ、櫻子ちゃん!!」
「私は、旦那様に付き添います!」
入口の、明り窓がはめ込まれた両開きのドアに櫻子が手をかけたとたん、何故か、ドアはさっと開かれ、少し訛りのある声がした。
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