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エステルとミラが畑に水をやりながら、ずいぶんと大きくなった蕪の芽を嬉しそうに眺める。
「順調に育ってるわね」
「うん、昨日より伸びてる気がする」
茎の背丈が高くなり、土を覆う緑色の面積もだいぶ増えている。
聖女の力が使えたら、今頃もっと大きくなっていただろうが、こうやって自然な成長を見守るのもいいものだ。
なんとなくミラの成長と重ね合わせて、エステルがふふっと笑みを漏らす。
「これからどんどん大きくなるわよ。ミラと一緒ね」
「僕と一緒?」
ミラがきょとんとした顔でエステルを見上げる。
「ええ、ミラもこれからもっと背が伸びて、お兄さんになっていくのよ。楽しみね」
ゆくゆくはアルファルドくらい背が高くなるだろうか。 後ろから見たら見分けがつかなくなりそうだ。
エステルが気の早すぎる想像をしていると、ミラは少しだけ困ったように微笑んだ。
「僕はそんなに大きくはなれないよ」
「どうして? そんなの分からないわよ。ミラはごはんもよく食べてくれるし、きっとアルファルド様みたいに大きくなれるわ」
「……そうだね。アルファルドくらいにはなれるのかもしれない」
でも、とミラがエステルの袖を遠慮がちに摘む。
「大きくなれなくても、僕のこと好きでいてくれる?」
ほっぺたと耳を赤くして、一生懸命な表情で尋ねるミラの愛らしさに、エステルの心臓が悲鳴をあげる。
身長なんて関係ない。 こんなに可愛くて優しくて良い子のミラは、きっと誰からも愛される男の子になるはずだ。
「もちろんよ! 大きくなくたってミラはミラだもの。いつだって世界一可愛くて大好きよ」
そう力強く宣言すれば、ミラは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「えへへ、うれしいな。僕もエステルのこと大好きだからね。ちゃんと覚えててね」
「ありがとう、嬉しいわ」
「じゃあ、次はミニトマトにお水をあげよう?」
「そうね。たっぷりあげましょう」
エステルはジョウロを持って立ち上がると、ミラと手をつないで新しい水を汲みに向かうのだった。
◇◇◇
夕食後、ミラが少し疲れたからと言って早めに就寝したあと、エステルは居間で難しい顔をしながら一冊の本を読んでいた。
かと思えば、時折、右手を上下左右に振るような仕草をしたりして、なかなか珍妙な様子だ。
アルファルドも気になったのか、後ろから声をかける。
「一体なんの本を読んでいるんだ?」
アルファルドの問いかけに、エステルが本の表紙を見せる。 そこには、流れるような書体で『風とともに生きる 〜世界を旅した料理人が教える野外調理法〜』とタイトルが記されていた。
「これは……風魔法の解説書と間違えて買った本か」
「ふふっ。やっぱり、そんなことだろうと思いました」
またアルファルドのうっかりを発見して、エステルは微笑ましい気持ちになる。
「それにしても、こんな本を読んでどうしたんだ?」
「実は、ミラにもっと新鮮なお肉を食べさせたくて、山に罠を仕掛けて野うさぎでも獲ろうかと」
「野うさぎ? ミラが食べたいと言ったのか?」
エステルの突飛な計画にアルファルドが首を傾げる。
「いえ、そういうわけではないのですが……。ミラはなぜか自分は背が伸びないと思っているようなので、何か力になってあげたくて。たくさんお肉を食べさせてあげたら、体も大きくなるかしらと思ったんです」
「そうか……」
エステルの説明に、アルファルドはなぜか悲しそうな表情を浮かべた。
「す、すみません。もしかしてお節介でしたか……?」
ミラのためになることなら、大抵の場合アルファルドは尊重してくれ、彼も喜んでいるような節があった。
しかし、今回は少し様子が違うようで、エステルは焦ってしまう。
(男の子は身長のことにあまり触れられたくないとか……? それとも、結界の外に出ることになるからダメなのかしら)
つい先走ってしまったけれど、やはり良くなかっただろうか。
反省の面持ちで尋ねれば、アルファルドは少しためらうように視線を逸らした。
「いや、そんなことはない。ただ……君がそこまでしなくても大丈夫だ。肉がもっと必要なら私が用意するし、ミラもたぶん身長のことを気にしてるんじゃないだろう」
「そうなのですか? では、別のことで悩んでいるのかしら……?」
心配そうに首を傾げるエステルに、アルファルドが答える。
「ミラが何に悩んで、何が起こるとしても……君がそれを受け入れてくれることを願う」
「それは──」
どういうことなのかとエステルは尋ねたかったが、アルファルドはそれ以上何も言う気はないようで、くるりと背を向けた。
「私はもう部屋に戻る。……ミラについていてやりたい」
「は、はい。おやすみなさい……」
──ミラが何に悩んで、何が起こるとしても……
遠ざかっていくアルファルドの背中を見つめながら、エステルの胸はなぜか不安に騒めいた。
◇◇◇
翌朝。
朝食の準備でパンを切っていたエステルは、ミラの足音に気がついた。
焼き立てのパンを切り分けながら、ミラへ背中越しに挨拶の言葉をかける。
「ミラ、おはよう! よく眠れた?」
「うん、よく眠れたよ、エステル」
いつもの明るく朗らかなミラの声。
昨晩は夕食を食べる量も少なめで疲れている様子だったが、一晩寝たら元気になったようだ。
(この調子だと、朝食は多めにしたほうがいいかしら)
「ミラ、お腹が空いたんじゃない? 今、テーブルに運ぶから、ちょっと待っててね」
そう言って笑顔で振り返ったエステルは、ミラの姿を見て、手に持っていたジャムの瓶を取り落とした。
「ミラ……あなた、体が──」
少し困ったように微笑んで立つミラの体は、なぜかうっすらと半透明になっていて、向こう側が透けて見えていた。