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誰もいないはずの廊下に、低く抑えた笑い声がこだました。
「マジで、日下部が昔やってたことって──アレ、だったんでしょ?」
「知ってる。蓮司から聞いた。遥って、昔から泣き虫だったって」
「ちょっと叩いただけでさ、手で顔隠して、泣いて震えて……そういうの、さ」
「好きなんじゃね? 日下部も」
それを聞いて、日下部の背が、ぴくりと動いた。
彼は倉庫に備品を取りに来ただけだった。
だが、周囲の空気が“囲む”ように変化していることに、すぐに気づいた。
「……何が言いたい」
「いやいや、怖っ。別に言ってないし。ただ、“過去の話”でしょ?」
「俺ら、ちょっと再現してみたかっただけ」
「なあ。あのとき、お前が遥を押し倒して──」
「……やってねぇよ」
瞬間、日下部の声が荒れた。
だが、その声すら、周囲の空気を変えることはなかった。
「じゃあ、やってみせて? やってないって証明するためにさ」
そう言った男子の一人が、日下部の背に手を伸ばす。
制服の肩を掴んで、ふざけるような仕草で押し返す。
「なあ、怒んないでさ。お前ってさ、ちょっと真面目に反応するとこがいいんだよな」
「ほら、顔赤い。マジで図星じゃん」
「今度はこっちの番? 昔の“仕返し”、されちゃう?」
次の瞬間──日下部が相手の胸ぐらを掴んだ。
「……言葉、選べ」
その目は本気だった。
でも、周囲は笑うだけだった。
「やべ、キレたー」
「え、手ぇ出す? 暴力?」
「お前の得意技だもんなー」
そしてそのとき。
一人が、不意に日下部のベルトを掴んだ。
「冗談」と称して、ほんの少しだけ、引っ張った。
──それは決して“本気”ではなかった。
でも、“一線”は確かに、踏み越えられた。
日下部の動きが止まる。
肩が小さく震えた。
殴られたわけでも、倒されたわけでもない。
──ただ、その“意味”が、わかってしまったからだ。
(……俺のせい、か)
(俺が、昔──あんなふうに、遥を……)
(だから、今──俺も……)
胸の奥で、どす黒い何かが、ゆっくりと溶けていく音がした。
「やめろ」
そう言った日下部の声は、どこかで途切れていた。
だがそのとき、遠くから足音が聞こえてきた。
「やっべ、誰か来た!」
男子たちは笑いながら散った。
日下部はその場にひとり残される。
制服の前を、そっと手で押さえながら、立ちすくんだまま。
その少し前──教室
遥は、自分の机に貼られたメモを見下ろしていた。
「お前のせいでまた一人、壊れるね」
その下には、日下部の名前が書かれていた。
文字は雑だった。
それでも、意味はひと目でわかった。
遥は、ゆっくりと指先で紙を丸める。
何も言わない。
けれど──胸の奥で、声がした。
(ああ、まただ)
(あのときも、同じだった)
(おれがそばにいたから、あいつは)
窓の外から、笑い声が聞こえる。
男子たちの声。
誰かの名前が混ざっていた──日下部だった。
遥は立ち上がろうとして──やめた。
足が動かない。
心だけが叫んでいる。
(行けない。行けない)
(おれは、誰かを守る立場になんて……なれない)
──そして、その瞬間。
蓮司の声が、後ろからささやくように響いた。
「ねぇ、遥」
「“自分だけ守られてる”って、どう思う?」
「日下部ってさ、ちゃんと、見てると思うよ。全部」
「誰のせいで、こうなったのかも──ね?」
その声は、笑っていた。
※補足。日下部が遥にしていた加害は暴力が主。性的なことはあまり興味がなくうとい。
性的な加害のニュアンスは蓮司やクラス側による捏造・誘導。
日下部本人はそうした“歪んだ見立て”に強く動揺し、遥に対しての罪悪感が深まる。
蓮司は直接的に手を下さず、男子生徒たちを操り、日下部の過去を「性的なもの」として再構築しようとする。
また、お前か……蓮司……。