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晴友Side
こいつの手、すげぇ小せぇ…。
すがるように握ってきた手を思わず握り返して、真っ先にそう思った。
…そりゃそうか、あんなに小さな身体してればな。
さっきみたいに人混みにまぎれてしまったら、もう二度と見つけられねぇかもな…。
そう思うと、苦しくなる。
ちゃんと目の届くところにおきたくて、ぐいっと引っ張ると、そんなに力を入れなかったのに、勢い余ったのか日菜が腕にぶつかってきた。
「あ…ごめんなさい…」
真っ赤になってうつむくと、余計にちんまりとなって頼りなく見える。
そんな姿も、清楚で可愛くて…胸がぞわぞわしてくる。
高嶺の花
ってこんな感じなのか…。
金持ち学校に通う、温室育ちで、繊細できれいな、高貴な花。
俺みたいなやつが乱暴にしたら、すぐ傷つけてしまいそうな。
くそ…。
お嬢さまのリードなんて、わからねぇんだけど…
「…とりあえず、なに食う」
「え、えっと…なんでもいいよ?」
「…なんでもいいが一番困るんだよ。…お前の…好きなものでいいよ」
「え…っと」
困ってキョロキョロする日菜。
見渡す限り、いろんな店がある。
俺が真っ先に目がついたのは、丼ものメインのチェーン店。
すっげ、あの豚丼美味そ。今なら大盛行けそうだ…。
日菜は当然こういう店入ったことないよなぁ…。
お嬢さまに豚丼なんて食わせるわけには…って、どんな風に食うか、ちょっと見てみたい気もするけど。
いやいやだめだ。
なにかカフェとかスイーツショップとか…。
と見回した俺の目に、一件の店が目に入った。
あの店は…
瞬間、テンションが上がった。
俺の憧れの店だったからだ。
そうか、確か本店はここにあったな。
それは、真っ白な壁に黒と赤のアクセントが斬新にペイントされた、スタイリッシュでどこか品のある店舗だった。
『ラ・マシェリ』
洋菓子ファンやその業界の人間なら知らぬ者はいない、ミシュランにも毎年載る超有名洋菓子店だ。
そして、俺がパティシエを目指すきっかけになった店でもある。
ケーキと言えば、女向けの可愛いのや派手なものばかりで味はただひたすら甘いだけだと思っていた。
けれど、この店のはシンプルでスタイリッシュな見た目がかっこよくて、それなのに味は多彩で食べるごとに新たな発見があって。
小さなケーキの中に説明しがたい魅力がたくさん詰め込むことができる職人技に、めちゃくちゃカッコいい、って一気に惹かれてしまったんだ。
初代がメインだった頃は、まだ販売だけだったけれど、今は息子である二代目がプレートデザートやドリンクも提供できるカフェとしても経営を拡大していた。
「日菜、あそこ行かね?」
お嬢さまにも十分相応しい店だろう。
それに、俺の運命を変えた店の味を日菜にも知ってほしかった。
けど、
「あ…あそこ…?」
返ってきた反応は微妙だった。
明らかに行くのをためらう日菜。
「素敵だけど…よかったら、別なところにしない?」
「嫌か?おまえ、好きそうだけど?俺もあの店のケーキが好きなんだ。たぶん世界で一番」
「そ、そうなの??」
「ああ。特に二代目のケーキがサイコ―にカッコいいじゃねぇか。漆黒のチョコレートコーティングや、ブラックチェリーの赤さとか、ホワイトチョコレートの混じりけない白さとか、余計にデコらないで媚びない感じが。それでいて食べたら風味は多彩で…『味の万華鏡』って言われてるんだ。ほんとカッコいいよなー」
「……」
「その二代目がさ、まだ二十代なんだけどコンクールでも何度も優勝するし、経営でも手腕発揮してすげぇんだよな。ホント憧れだよ」
あ、いけね…。
つい二代目のことになるとテンション上がって語りまくってしまった…。恥ずかし。
けど、何故か日菜は自分が褒められたかのように頬を染めてうつむいていた。
「ありがとう…」って言った気がしたけれど、気のせいか…?
「でも、あのお店高いでしょ…?わたし今そんなにお金持ち合わせていないから、もうちょっと……あ、あれがいいな…!」
と指差したのは、クレープの販売車だった。
アメリカから進出してきた店で、けっこう人気があるけど、高校生の定番スイーツってカンジで珍しいもんじゃ…
「わたし、ああいうスイーツ食べたことがないの…!お買い物帰りに立ち寄るとか憧れだったんだ」
なるほど…。
「…じゃ、あそこにするか」
「うん!」
日菜が注文したのは生クリープとバニラたっぷりにプリンとナッツにチョコレートソースまで入ったごちゃ盛りクレープ。
俺はさすがに、とベーコンやレタスが巻かれたものにした。
甘いものを詰め込んだだけの胸焼けするようなクレープを、日菜はすいすい食べていく。
「美味いか?」
「うん!なんか、こういうスイーツもいいね!楽しい!」
なんだか、日菜が客として来ていた頃を思い出す。
よくこんな風に店のスイーツを美味そうに食ってたっけ。
小さな口いっぱいに頬張って、一口一口本当に幸せそうでさ。
仕事してても、どうしても気になって見てしまって、初めて女を『可愛い』って思ったんだよな…。
それを、今はこうして目の前で楽しめるなんてな…。
なんて見入っていると、俺の視線に気づいたのか、日菜は頬を赤らめて手を止めた。
「…なんかわたし、ついついがっついちゃって、恥ずかしい」
「今に始まったことじゃねぇだろ。そのせいで『ファイターちゃん』なんてあだ名付けられたんだから」
しまった…。
つい、いつものキツい言葉が…。
「ま、でもいんじゃね?好きなもん食ってる時はそうなるもんだ。おまえ、ほんと甘いもの好きだよな」
「うん、大好き…!甘いものだったらいくらでも入っちゃう。普通のご飯は全然食べられないのに『日菜の胃袋は甘いものしか受け付けないワガママちゃんなんだな』ってお兄ちゃんにもからかわれるの」
「へぇ…。おまえ、兄貴いたんだ」
「え、あ、うん。10歳が離れているから、お父さんみたいに世話を焼いてくれるんだけれど…」
ふぅん。
お嬢さまの10歳年上の兄貴か。
さっき、電話してきた相手か?
…なんとなく、過保護そうなイメージだな。