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由宇と瀧は、外見からしてほとんど区別がつかない双子だった。
けれど、周囲の扱いは明確に分かれていた。
由宇は愛され、褒められ、注目を浴びる方。
瀧は陰で憎まれ、比較され、いつも一歩引いた場所に置かれる方。
幼い頃から、境界線ははっきりしていたはずなのに。
それでも、二人だけの世界では、その差は曖昧になっていった。
「……また、あいつか」
瀧は由宇の顔を見ながら、苦い笑みを浮かべる。
学校でも家でも、どこにいても、由宇は先に褒められ、先に呼ばれる。
瀧の存在は、影のように薄くなっていった。
ある日の夜、二人きりの部屋で、瀧は由宇を睨みつけた。
愛されている顔を、優しく笑う顔を、全て自分が奪えたら――
そんな考えが頭を支配する。
無意識のうちに、指先が由宇の肩に触れた。
「……瀧?」
由宇の声は穏やかで、何の警戒もない。
それが瀧の心に火をつけた。
──俺が、お前になればいい。
その夜から、境界線は崩れ始める。
瀧は由宇の服を着て、鏡の前に立つ。
自分の顔に似ている由宇の笑みを、無理に再現する。
鏡の中で、誰が誰なのか、わからなくなる。
「……何してるの」
由宇が部屋に入ってくる。
瀧は咄嗟に振り返り、笑う。
似せた笑顔は不自然で、由宇は眉をひそめた。
「……笑い方、違うよ」
その一言が、瀧の胸を締めつける。
怒り、嫉妬、執着――感情が渦巻き、彼を押しつぶす。
瀧は無意識に由宇の腕を引き寄せた。
そして、低く囁く。
「……俺が、お前になればいいんだ」
由宇は一瞬、凍りついたように見つめる。
瀧の目には、従順でもなく、挑発でもない、ただ独占する気持ちだけが宿っていた。
その夜、二人は互いの距離を測りながら、言葉少なにベッドに沈んだ。
触れる指先、交わる呼吸、すべてが確認であり、支配の手順だった。
日々はゆっくりと侵食していく。
由宇の存在感を模倣することが、瀧にとって日常となった。
学校で、家で、由宇が注目されるたび、瀧の胸はざわめく。
そして家に帰れば、同じ顔の自分が由宇の立ち居振る舞いを再現する。
──誰も、気づかない。だが、本人たちは知っている。
ある夜、瀧は由宇の胸に顔を埋めた。
由宇は驚きながらも、強く引き離さない。
その瞬間、瀧は感じた。
肌の温もり、心臓の鼓動、全てが由宇で、同時に自分でもあるような感覚。
境界は完全に溶けて、歪んだ愛だけが残った。
「……瀧、何を……」
「俺が、お前になる」
瀧の声は低く、震えていた。
由宇はそれを否定せず、ただ静かに目を閉じた。
兄弟であることも、双子であることも、もう関係なかった。
互いの存在を溶かし合うように、夜は深まっていく。
その晩、鏡の前で瀧は最後に呟いた。
「俺の顔に、お前の全てを――重ねてやる」
その言葉は、愛なのか、独占なのか。
夜の静寂が答えを与えることはなく、ただ二つの影が、ひとつの檻の中で絡み合ったまま、朝を迎えた。