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#ハッピーエンド
芙月みひろ
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葵の着替えがすんだところで、僕達は家を出た。
しかし、さすがは真夏。僕を黒焦げにでもせんばかりに太陽が照り付ける。夏自体は好きなんだけど、それでも暑いものは暑いわけで。このままだと焼きすぎて真っ黒になったトーストのようになってしまう。
に、しても――
「ねえ葵? いくら近所のスーパーと鈍器ホーテに行くだけとはいってもさ、その服装はないんじゃない?」
「え? でも私、いつもこんな感じだし。普通というか、当たり前というか」
今の葵が一体どのような服装をしているのかというと、中学時代の体操着を着ているのだ。上は半袖のTシャツ。下は短パン。服装に無頓着なのは今に始まったことではないんだけど、さすがにねえ……。
「あー、でも本当に暑いよねえ」
言って、葵は風を送り込むためにTシャツをパタパタとさせた――のはいいんだけど、心臓が飛び出るかと思ったよ。
「お、おま……! え!? ちょっと待って! ブラはどうしたのさ!?」
体操着をパタパタさせた際に結構上までたくし上げたせいでチラリと見えてしまったので気が付くことができた。一体何が見えたのかというと、その……胸の膨らみの下あたりが。
「ん? 着けてないけど? だってすぐそこじゃん、スーパー」
「いや……ええ……」
あまりに無防備すぎる。まあ、せめてものの救いは、その体操着がちょっと厚手仕様だということだ。
でも鈍器ホーテに行く時にどうするんだよ。そもそも、知り合いに見られたらどうしようとか考えないのか?
これでクラスの男子達からモテモテなんだから不思議な話だ。きっと、『本当』の葵を知ったら皆んな幻滅することだろう。
だけど、そうなった方が彼氏である僕にとっては安心できるんだけど。
……安心していいのかな。
「お、陽向じゃん」
どこからか、葵を呼ぶ声。ぐるりを見渡すと、ちょうど路地を曲がるところから一人の男子がコチラへとやってきた。にしても、葵のことを知ってるこんな男子いたっけ?
「なんだよお前ら。やっぱり付き合ってんのかよ」
さすがに二度目ともなると、その声の主が誰であるのかようやく分かった。だが、その人物の姿は僕が知る『あの男子』とは全く違っていた。
天馬颯真。夏休みに入ったからであろう。長く伸ばした黒髪を金髪にして、両耳にはピアス。服装も派手だし、やたらジャラジャラと装飾品を身に付けていた。
その見た目を一言で言い表すならば、『下品』。
まあ、夏休みだし少しくらい羽目を外したくなる気持ちは分からないでもなかった。が、下品なのは見た目だけではなかった。
「んだよ陽向。ダッセー服装だな。それ、中学のやつだろ? んなにダッセーやつが偉そうに俺のことを振りやがってよ。いつまでも調子に乗ってるんじゃねえぞ」
振られた? 天馬くんが葵に?
チラリと葵を見やる。僕の方から一言行ってやろうと思ったんだけど、それを静止するように、そして遮断機を下ろすかのように、僕前に右腕スッと差し出した。
そこには、僕の知らない『陽向葵』がいた。
いつもの温和な葵ではなく、敵意をむき出しにし、天馬くんのことを鋭い目付きで睨み付けていた。
そしてその敵意は、会話を交わすたびにどんどん膨れていき、目付きの鋭さも増していった。
「……何? なんか用?」
「『なんか用?』じゃねえよテメー。お前、学校じゃ猫を被ってやがったんだな。そんな顔見せたことなんか一度たりともなかったじゃねえか」
「別に猫を被ったりなんかしてないわよ。アンタだからこういう態度を取ってるだけだから」
「へえー、『アンタだから』ねえ。つまり俺は『特別』ってわけか」
会話を交わしながら、天馬くんはコチラへと近付いてくる。それと比例するかのように、葵の表情は険しさを増していく。
しかし、なんなんだ? 振られたと言っていたけど、つまり天馬くんも葵に告白した一人ってことか?
「そうね。特別ね。私がここまで嫌ってるんだから」
「ふーん。あ、そう。まあ、別にそれでいいけどな。もうお前なんかに興味ねえし」
「それはありがたいわね。私もアンタなんかに興味もなければ眼中にないから」
その言葉に、天馬くんの形相が一変した。元々悪い目付きをしているのは同じクラスメイトとしてもちろん知っている。
しかし、それ以上に、今の彼は冷淡であり、冷酷であり、凄まじいまでの威圧感を持って葵を睨み付けていた。
「ダッセー奴が強がってんじゃねえよ。本当はビビってるくせに。まあ、隣にいる奴もだけどな。お似合いだぜ。根暗で、顔も別に良くない、鈍臭いダッセー彼氏で」
別段、僕は特に何も感じなかった。『ダサい』と言われるのなんて日常茶飯事だったから。
しかし、葵にとっては天馬くんが僕のことを口にしたことで、馬鹿にしたことで、どうやらブチギレたらしい。
「憂くんのことをダサいとか言わないでもらえる? 私にとって憂くんは大切な恋人なんだから。今度言ったら許さないわよ? いつもいつも女子に振られては腹いせに汚い手を使って嫌がらせをするダッサイ天馬くん? どうせ何かあればすぐに親に泣きついてるくせに」
「んだと? 図に乗ってんじゃねえぞ。ちょっと見た目が良いからって」
「図に乗ってるのはどっちよ。憂くん、行こう。こんな奴相手にするだけ時間の無駄だから」
葵は僕の手を取って、来た道を戻ろうとした。その時に知ることができた。葵の手が震えていることが。
「おい、陽向。俺もこの近所に住んでるんだわ。また会うかもしれねえな」
「――それが何か?」
天馬くんもコチラに背を向け、僕達の元から離れるために歩き出した。
「覚えてろよ」という言葉を真夏の空気の中に置き去りにして。
【続く】