コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「豪さん…………お久しぶりですね」
「ああ……久しぶりだな」
ぎこちなく挨拶をする奈美に、胸が痛くなってしまった。
豪も作ったような笑顔の仮面を被ってしまう。
二人の間に流れる空気も、どこかよそよそしい。
「そういえば、晩飯は食ったのか?」
「家を出る前に、少し食べてきました。豪さんは?」
「俺も帰って来てから少し食った」
向かい合ったまま、無言の状態が続く。
以前だったら、彼女の手を自然に繋げたのに、今はそれすら憚られた。
「じゃあ……行こうか」
「はい」
彼の少し後ろを、彼女が歩いている。
手を繋ぎ、指を絡ませたいのに、できない状況がもどかしい。
駅から自宅マンションまで徒歩五分の道のりが、やけに長く感じた。
駅周辺のマンション群の中の一棟に入ろうとすると、奈美はエントランス前で立ち止まり、見上げている。
「すごく立派なマンションにお住まいなんですね……」
「そうか? ここは賃貸マンションだけど、駅から近いし、コンビニも近いし、生活する分には便利な場所なんだよ」
豪は奈美を中に入るように促し、エレベーターに乗り込む。
部屋がある八階までに辿り着くまで、二人は沈黙したまま。
ポーンと電子音が鳴り、『八階です』と無機質なアナウンスとともに、ドアが開いた。
エレベーターを出て、廊下を左に曲がった突き当たりの部屋が、彼の自宅になる。
豪はドアを開錠し、奈美を招き入れた。
「狭くて汚いけど、どうぞ」
「お……お邪魔……します……」
彼女がオドオドしながら自宅に入ってくる。
先に豪が手洗いとうがいを済ませた。
「すぐそこが洗面台だから、手洗いとうがいをすればいい。ハンドソープとコップは、そこにあるものを使って構わないから」
「はい」
彼女を案内しながら、リビングに向かい、エアコンをつけ、奈美が来るのを待つ。
まだ彼女の携帯番号を登録してなかった事を思い出し、豪はソファーに座ってスマホを操作させていると、奈美がリビングのドアを静かに開けて中に入ってきた。
所在無げに、リビングの入り口で佇む彼女。
奈美の携帯番号を登録した後、彼はスマホをローテーブルに置きながら立ち上がり、奈美に近付いて抱きしめた。