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ミケイラ
#ギャグ・コメディ
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燃え盛る建物を見て、思わず足がすくむ。
サフランが大剣の腹でドアを叩き破った。
「ユウト! 道を作って!」
サフランは俺を盾にするように、後ろに回る。
「!!」
(……おい。俺のスキルじゃ炎は防げないぞ!?)
ドアの向こうにはまだ火の手はなかった。しかし、上からパチッパチッと燃える音がする。
俺はスキルを発動し、ハンカチを二枚取り出した。片方をサフランに渡す。
「二階はおそらく煙が充満してるっす。これをつけてください」
「うん!」
階段を駆け上がっていくと、喉に刺さるような煙たさに思わず激しくむせ返る。
(……このニオイ、野焼きか? いや、しかし。室内で野焼き?)
煙の漏れる部屋の前に行き、サフランが大剣で扉を破る。
吹き出す熱気と煙を腕で遮りながら、俺たちは中へ踏み込む。そこには、炎の前で腰を抜かして泣きじゃくる少女がいた。
「サフラン! 女の子を!」
「任せて!」
サフランが少女をひょいと脇に抱え上げ、廊下へ飛び出す。
俺は一人、炎の前で限界まで集中して念じた。
――家事スキル:水いっぱいのバケツ
異世界にはふさわしくない、青色のプラスチックバケツが現れた。
ホームセンターで売ってるような、どこにでもありそうなバケツだ。
(うまくいくといいが……いや、やるしかない)
俺はそれを掴むと、ベッドの分厚い掛け布団とシーツへ、容赦なく水をぶちまけた。
バシャッ! バシャバシャッ!
水を吸って、数十キロの水の塊となった布団。
戻ってきたサフランの手を借り、俺たちはその端と端を掴んだ。
「サフラン、せーのであそこに被せるっすよ!」
「了解っ! せーのっ……!」
二人で足をもつれさせながら、燃え盛る火元へと布団を叩きつけた。
びしょ濡れの布団が、炎を強引に押し潰す。
ジュウウウウウウッ!!
布団の隙間から、蒸気が吹き出した。炎は一瞬にして酸素を奪われて、鎮まった。
――
湯気が晴れると、そこには無惨な部屋の姿があった。
「よかったっす。でも……」
部屋を見渡すと、床が焼け焦げていて、宿として使えるようになるには、相当の修繕が必要そうだ。
俺は床に膝をつき、水浸しになった焼け跡から、何かを指先でつまみ上げた。
(火元が……ただの草?)
拾い上げた草を見ていると、背後からおどおどした足音が近づいてきた。
廊下にいたはずの少女だ。
「あ、ありがとう……」
「……大丈夫っすか。お嬢ちゃん。親はどうしたんですか?」
声をかけた瞬間、少女の大きな帽子がピクリと跳ねた。彼女は顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「誰がお嬢ちゃんだ! 僕は成人済みの魔法使い、ティアレだ!」
だが、見ればみるほど子供にしか見えない。
俺の胸元あたりに顔が来る低身長。
サフランの特盛り……いや、豊かな胸元を横目で見てからティアレを見ると、そこには小さなまな板があった。
(……え、これで成人??? 中学生の間違いだろ……)
「バカにしないでよねっ! こう見えても二十歳! 大人なんだから」
ティアレは必死に背伸びをするが、その仕草が余計に子供っぽさを強調している。俺はこめかみを押さえ、深いため息をついた。
「……あー、ハイハイ。二十歳っすね、ハイ。……で、この惨状は一体どうしたんっすか」
鎮火したとはいえ、煤で汚れ水浸しになった部屋。
すると、ティアレは誇らしげに答えた。
「料理をしようとしただけなんだ……!」
「……は?」
「僕は……魔法使いとして認められるために、旅に出ているんだ。でも、その最中、お腹が空いてしまって……」
ティアレは身振り手振りで、その様子を説明し出した。
「持っていた食材を調理しようとして炎の魔法を使ったら……黒いゴミになってしまったんだ」
「そ、それは豪快にいったっすね……」
呆れ顔で呟く。
「空腹でたまらなかったから……宿屋の庭に生えていたサラダを集めて再挑戦しようとしたんだ」
「……サラダじゃなくて、それはただの雑草っすよ」
「そうしたら何故か煙が出て、あっという間に部屋まで燃えてしまって……」
俺は嫌な予感がして、恐る恐る質問した。
「あのー……失礼ですけど、今までに料理はしたことあるっすか?」
「料理は食べるものだよね? 火を使ったらポン! と食べたい料理が出てくるものでしょ!?」
(いやいやいやいや……!!)
俺の顔から血の気が引いていく。
この服装、この世間知らずっぷり。どこかの名門お嬢様なのだろう。彼女にとって、料理とは厨房から運ばれてくる魔法でしかないのだ。
(料理は魔法じゃないんだぞ……!?)
――
しばらくすると、バタンッ! と激しい音を立てて、宿屋の主人が踏み込んできた。
一部始終を聞いていたのだろう、顔を真っ赤にしていた。
「……完全に君のせいじゃないか! ふざけるな! この部屋を直すまで店は開けんぞ! 」
主人は頭を抱えてオロオロと部屋を往復していた。
やがてティアレの前に立ち、逃がさないように肩を掴んだ。
「損害賠償をしてもらう。この焼け焦げ具合だと……百万Gは必要だ。」
「うっ、うっ……僕、一万Gしかないよ……」
主人の冷酷な視線が、スッと俺とサフランに移動した。
「ならば……消火に協力した君たちにも、連帯責任で払ってもらわねば困るな」
「いやいやいやいや! 火を消して救助した側っすよ!?」
必死に手を振って否定をすると、ティアレは俺の服の裾をギュッと掴んできた。
「助けて……」
涙目で、上目遣いに見つめられる。
便利屋の悲しい性かもしれない。NOと言えなかった。
「わかったっす……でも、今すぐには払えません。どうしたら……」
「百万Gだ。逃げられないよう、この大剣は預からせてもらう」
「えっ!?」
主人は問答無用で、サフランが壁に立て掛けていた大剣を奪い取った。
「明日の日没までに金を持ってこい。さもなくば、お前たち全員を憲兵に突き出し、奴隷市場へ引き渡すからな!」
そのまま、俺たちは文字通り宿から放り出された。
――
背後で宿の門が閉まる音が響く。陽が落ち、空が藍色に染まっていく。
「お金、一晩で稼ぐなんて無理だよぉ……」
サフランが力なく地面に座り込む。彼女の唯一の武器も奪われてしまった。
遠くから憲兵の巡回する足音が近づいてくる。
「明日までに払えなかったら……本当に犯罪者っすね」
「奴隷……売り飛ばされちゃうの……?」
ティアレは顔を俯いたまま、動かなくなった。三人とも、しばらく無言だった。
俺は空を見上げ、深く、深いため息を吐いた。
(……詰んだ。完全に詰んだっす……)