同じ頃、花嫁も挨拶と称した後宮の洗礼を受けていた。
リヨンは目を見張る。
前に頭を垂れる一人の女。出迎えとやらに、表れた女が、また──。
老婆とは言えないが、あきらかに花の盛りはすぎている。
白髪混じりの頭は、引きつめられ、複雑に編み込まれている。
リヨンからすれば、もの珍しいものだったが、どうやら、この国のしきたりのようで、他の女達も、皆、同様に髪を編み込んでいた。
「王妃様には、ご機嫌うるわしゅう」
到着した時と、ほぼ同じ言葉を述べる女官長とかいう女。なぜ、私室にまで足を運んでくるのか。
「何事も、私、ドンレにお任せください」
何者だろうかと、リヨンは控える女をじっと眺めた。
「そなたも、王妃様にしっかり仕えるように」
リヨンの脇から、落ち着いた声が流れてきた。
国から連れてきた女官だ。そもそも、国許では、王妃が直接配下の者へ、声をかけることなどない。
それが、リヨンの国の習わしだった。
しかし、前にいるドンレの顔は明らかに引きつっている。
「こちらのやり方に、はようお慣れになりますように」
言い放ち、鋭く光る目でリヨンを見つめる女官長の姿……。
(――これは?
この女、まさか、王の……。)
王の愛妾にしては、歳を取りすぎている。
いや、乳母ならありえるか。
子供の頃から手なずけて、成人した王の愛妾に居座る乳母もいると聞く。
そうなのだろうか?
(……なんとも、さすが、遊牧民の出。)
やっかいな国に嫁いできたものだと思いつつ、リヨンは側に立つ女官に耳打ちする。
「ドンレ殿。挨拶ご苦労。王妃様もお疲れのご様子。そろそろ、下がってもらえぬか?」
女官の歯に衣着せぬ物言いに、ドンレは憎悪を駆り立てられた。
「さても、そう言われるならば仕方あるまい。王妃様には、王子様をお産みいただけますようお伝え願えませぬか?お世継ぎも産めぬとなれば、名ばかりの妃となりますゆえ。後宮には、王の側室が数知れずおります。そちらで、子をもうけることもできるのですから」
薄ら笑みを浮かべ深々と頭を下げると、ドンレはしずしずと下がった。