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映画館での再会から、もっと戸崎に会ってもっと話をしてみたいという気持ちはますます大きなものとなっていて、私は次の偶然を待ち望んでいた。
柚乃の口から戸崎の名前を聞くことになったのは、そんなある日のことだ。
「あの人がいたの」
姉はひどく渋い顔をして話し始めた。
「あの人?」
「詩乃にぶつかった人。この間映画館で会った、戸崎っていう人」
いつだったか、戸崎と碧斗も言っていたように、同じ大学に通っていたとしても、学部や年次、サークルが違えば、接点などほぼないはずだ。そう思っていたのにどうしてと、私の胸はざわついた。
「どこかで見かけたの?」
「うん。夏休み直前に集中講義があるんだけど、そのオリエンテーションの場にいたのよ。学部も年次もまったく別だから、会うことなんてないと思っていたから、ものすごく驚いたわ」
「へぇ」
私はさらりと相槌を打ちはしたが、心の中は不安でいっぱいだった。
柚乃が履修しようとしている集中講義は、月曜日から金曜日までの五日間、朝から夕方までびっしりと日程が組まれているらしい。
その期間中、毎日顔を合わせることになれば、今は互いに敬遠し合っている仲であっても、次第に打ち解け合い、さらには心惹かれ合うようになることだってあり得るのではないかと、嬉しくない想像が頭の中に広がる。そう思ってしまうほど、柚乃は可愛くて魅力的だし、戸崎だって端正な顔立ちの素敵な人なのだ。
しかし、毎日顔を合わせたからと言って、二人の関係が必ずしも変化するとは限らないではないかと思い直し、私は自分の中の不安を取り除こうとした。
それからさらにひと月ほどが過ぎ、集中講義初日となるその朝、柚乃はきりりとした顔つきで出かけて行った。
姉を見送ってから、私も一緒に家を出れば良かったと後悔した。
戸崎も姉と同じ講義を受けるのであれば、もしかすると同じような時間帯に出かけるかもしれない。それはつまり、彼に会える可能性が多少はあるということだ。
バス時刻や講義の時間割の関係で、普段の私たちが時間を合わせて二人で出かけることは滅多にない。けれど、淡い期待を持った私は、翌朝、柚乃と一緒に家を出た。
姉は案の定、不思議な顔をする。
「今日はどうしたの?出かけるの、いつもより早いんじゃない?」
柚乃の質問に、私はすでに用意していた答えを口にする。
「授業前に、ちょっと図書館に寄りたいの」
「へぇ、勉強熱心だねぇ」
柚乃は感心した様子で私を見た。
姉を誤魔化すことができたことにほっとしながら、私は歩を進めていたが、戸崎のアパートが見えて来てどきりとする。タイミングよく、彼が姿を現わしたりはしないかと期待し、結局叶わなかったことにがっかりした。
しかし、柚乃に気づかれたくない私は普段通りの態度を保ち続け、途中の交差点で、徒歩で大学に向かう柚乃と別れた。
停留所に着いて間もなく、バスはやって来た。
いつもより三十分以上早い今朝の行動はいったい何だったのかと自分に苦笑しながら、私はすでに並んでいた先客たちに続いてバスに乗り込んだ。
大学に向かう車中で、私は明朝も柚乃と一緒に家を出ようと考えていた。戸崎に確実に会えるわけではないと分かっているのに、もしかしたらと、偶然の再会への期待をどうしても捨てられなかったのだ。
翌朝、ベッドから起き上がろうとした私は不調を覚えた。体が重く、喉がやたらと痛い。まさかと思い、熱を測ってみた。
「七度八分……」
風邪をひき込んでしまったようだ。戸崎に会えるかもしれない偶然を逃すことになってしまうのは残念すぎるが、無理をせず、今日は大学を休むことにした。のろのろとベッドから出て、薬を飲むために階下に降りて行く。
ダイニングテーブルには二人分の朝食が準備されていた。両親の姿はすでにないから、それらは私と柚乃の分だろう。
「とりあえず、何か食べておこうかな」
とは言え、熱と喉の痛みで、今は固形物を食べたいような気分ではない。鍋に入ったスープを見つけて、それを飲むことにする。軽く温めてから、ダイニングの椅子に腰を下ろし、ゆっくりと胃に入れた。その後リビングの小棚から風邪薬を取り出し、それを飲む。さて自分の部屋に戻ろうと椅子から立ち上がった時、出かける準備をすっかり整え終えた姿の柚乃が入って来た。
姉はパジャマ姿のままの私を見て目を見開く。
「おはよう、詩乃。まだ着替えてないの?珍しいね。いつもちゃんと着替えてから降りて来るのに。どうかしたの?」
「ちょっとね、風邪引いたみたいで……」
「えっ?風邪?大丈夫?熱もあるの?」
ある、と答えようとして、やめた。それを知ったら柚乃はきっと、心配だから大学を休むと言い出しそうだ。だから私は発熱していることは伏せる。
「喉が腫れて痛くって……」
「喉?あぁ、詩乃は喉が弱いもんね」
柚乃は心配そうに眉根を寄せる。
「学校は休むんでしょ?無理しない方がいいんじゃない?」
「そうしようかなと思ってた」
「ご飯はこれから?」
柚乃はダイニングテーブルの上をちらりと見た。
「さっきスープだけ飲んだ」
「食欲ないの?」
「うん、あんまり……」
「そっかぁ。じゃあ、これは冷蔵庫に入れとくね。食べられそうな時、お昼にでも食べたらいいよ」
「うん」
柚乃は言いながら私の分の食事を冷蔵庫に仕舞う。
「これを食べたら私は出かけるけど、ちゃんと戸締りしていくから安心して寝てて。お母さんには、私から連絡入れとく」
「ありがと。じゃあ、柚乃、行ってらっしゃい」
「行ってきます。何かあったら連絡してね」
柚乃は私の背中をそっとさすりながら、優しく微笑んだ。