その頃花純は、開店準備をしながら昨日の一部始終を優香に報告していた。
「えーっ? 二人のお母様が同時に家に? すごーい、なんかドラマみたい」
「私もびっくりです」
「でも壮馬さんのお母様も感じが良い方だったんでしょう?」
「はい、とても優しくてチャーミングな方でした」
「で、お母様同士も意気投合しちゃったし?」
「そうなんです。きっと今頃二人でお芝居を観に行ってるはず。副社長のお母様がお知り合いに頼んで当日券を入手して下さったみたいで…母は大喜びで出かけていきました」
花純はクスッと笑った。
その時優香は思った。
(さすが壮馬さん、見事に周りから固めていってるわ! フフッ、これからが楽しみ」
優香は思わず顔が綻ぶ。
「そう言えば、空中庭園の方ももうすぐ出来上がるんだったわよね?」
「はい、明日私も現地を見てきます。どう変わったか凄く楽しみです」
「『四季を意識した洋風の避暑地』風なんでしょう? 私も見てみたいわ」
優香はうっとりとした表情で言った。
しかし優香にはもう一つ気になる事があった。
それは先日本社へ行った際に耳にした事だった。
優香の店の売り上げは順調に伸び続けているので問題はなかったが、最近他店舗の売り上げが芳しくないようだ。
優香の店は、本来ならば廃棄処分にするはずの花材をドライフラワーやミニブーケに作り替えて販売している。
それが今では人気商品となり売り上げに貢献している。
しかし他店ではそういった営業努力をしていないので、どうも売り上げが落ちているようだ。
どこにでもあるようなありきたりのフローリストは、飽きられているようだ。
優香が本社へ行った時、営業部にいる同期二人と三人でランチをした。
その時二人はこんな事を言っていた。
「うちの会社も先行き不安定だよな」
「また感染症騒ぎなんかが起きたら、一気に売れなくなるよな」
「今は物価も上がっているしなぁ。主婦が日々の出費から真っ先に何を削るかっていったら、やっぱり食費よりもうちが扱っているような品だよな?」
「ああ、それに最近地震も多いだろう? もし首都直下型地震なんて起きたら一発でアウトだよな」
「冠婚葬祭セレモニーも年々規模が縮小していく一方だし、今何か手を打たないとマズいのに、上はなんにも動かねぇからなぁ」
二人の口からは愚痴しか出てこない。
そこで優香は、ここ最近の本社内の動きはどんな感じなのかを二人に聞いてみた。
「うちはさぁ、コネ入社が多いから俺達一般入社組はマジしんどいよ。コネの奴らは営業行くふりしてカフェでサボってばかりなんだぜ。で、そいつらがミスすると、俺達一般入社組が尻拭いさせられるんだもんなぁ。マジでやる気を失うよ。それに最近転職する奴も増えてきたし。ほら、柴田っていたろう? エリートの柴田! あいつ、引き抜かれて今月いっぱいで転職するんだぜ」
「え? 柴田君が?」
優香は驚く。
柴田はエリート中のエリートで、営業のセンスはピカイチだった。
「そう。だから最近営業部の若い奴らは転職サイトの話で盛り上がっているみたいなんだ。いい所があったら若いうちに移ろうって思ってるみたいだよ」
「そうなんだ…」
優香は想像以上に自分の会社が大変な事になっている事を知った。
その時花純が優香に声をかけた。
「この注文のアレンジは私が作ってもいいですか?」
「あ、花純ちゃんお願い」
「承知しました」
花純は笑顔で答えると、早速アレンジ作りに取り掛かる。
(いつまでこの状態でいられるんだろう?)
優香は不安を抱えたまま、ちょうど入って来た客の応対を始めた。
そしてその週の金曜日、花純は空中庭園の視察に行った。
視察に行くメンバーは、商業施設のブランド部の三人と花純、それに壮馬と優斗の六人だった。
六人はヘルメットをかぶり、日暮れ前の空中庭園へ足を踏み入れる。
庭園に出た途端皆が声を上げた。
「うわぁ素敵!」
「本当、前と全然違いますね」
美咲と水森が感慨深げに言う。
「確かに…なんか吹く風まで違う気がするな」
有田課長の言葉を聞いて、花純が説明する。
「大きな木々が防風林の役割を果たしてくれているんです」
「なるほど、そういう事か! 藤野さんはそこまで計算していたんだ」
有田課長が感心したように言ったので、花純は微笑んだ。
そんな二人のやり取りを聞いた優斗は壮馬の耳元で囁く。
「花純ちゃんすげーな」
「ああ、彼女は生まれつき植物に対するセンスを持ち合わせている。それは一流ガーデンデザイナーになるには必要な素質だ…」
壮馬はそう言って微笑んだ。
それから六人は庭園を下って行き、途中両サイドにあるコーナーの一つ一つを見ていった。
広いウッドデッキの向こうには、ビルの外壁を隠す様に背の高い木々が植えられている。
その木々の向こうにはまるで森が広がっているような錯覚を起こしてしまう。
木々の植え方が絶妙だからそう感じるのだろう。
ウッドデッキにある子供用のテーブルは、童話に出てくるような可愛らしい造りだった。
子供達はきっと大喜びするに違いない。
さらに進むと、ひときわ大きな大木が現れた。
もみの木だ。
これはこの庭園のシンボルツリーだ。クリスマス時期にはクリスマスツリーになる。
「うわっ、素敵っ! クリスマスにはここがイルミネーションで華やかになるのね」
美咲が嬉しそうに叫ぶ。
もみの木の周辺には、沢山の白樺が植えられており、ここに立っているだけでまるでおとぎの国に迷い込んだようだ。
「最高ですね。前の庭とは全然違う。これならかなりの人を呼び込めそうですよ」
水森が興奮して言うと、
「見事ですよ藤野さん。ここまで凄いとは思わなかった。いやー今回は外部の君に一本取られたよ!」
有田はそう言って笑った。
「いえ…私なんかよりも、この庭園を実際に作ってくれている彼らのお陰だと思います」
花純は目の前で作業をしている庭師達を見ながら言った。
そして彼らの傍へ行き、
「お疲れ様です」
と声をかけ、手にした袋に入っていた缶コーヒーを一人一人に配り始めた。
それを見た壮馬は驚く。
花純が職人の為に差し入れを用意しているとは知らなかったからだ。
その時優斗が肘で壮馬を突いて言った。
「ほんと花純ちゃんは気配りが凄いな…」
「だな」
壮馬は優斗に返事をすると、庭師と談笑している花純の事を愛おしそうに見つめた。
その後六人は副社長室へ戻り、軽くミーティングをしてからその日の仕事を終えた。
コメント
3件
植物🪴を愛する花純ンは現場で植物🪴たちを大切にする職人さんたちも大切にする素敵女子💓 花純ン自身が癒し❤️
花純ちゃんの 現場で作業をする庭師さん達のへの感謝の気持ちと気配り🌲🌳✨ 会って直接話をし現場の声を聞き、色々な情報を得て それを 仕事に生かしていくのでしょう.... 花純ちゃんは、壮馬さんだけではなく そこにいる皆の心を掴んでしまう 凄い女性ですね.... 🍀✨
どうしても設計者やオーナーが注目されがちな世界で花純ンは地道に設計通りにガーデンを作ってくれる庭師の皆さんを一番に評価するのが素晴らしい😊👍❣️ そんな花純ンの気配りや配慮が少しずつみんなに浸透して花純ンの評価が上がるのがとても嬉しい壮ちゃん😊❤️💕 この2人の周りには幸せが渦巻いててその中に入った人は知らぬうちに運気が上がっていってる?そんな気がしてくる〜🥰