テラーノベル
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遠くの空で、低く雷鳴が響いた。
ゴロゴロと大地を震わせる音が、果てしない草原を渡っていく。
風が変わった。
乾いた空気に湿り気が混じり、黒い雲がゆっくりと天を覆い始める。
アテイラは馬上で空を見上げた。
鋭い眼差しは雷雲の向こうを見通そうとするかのようだった。
「我が神も、ご照覧されておられる。」
静かな声だった。
だが、その一言には絶対の確信が宿っていた。
トールは天より見ている。
この遠征も、この戦いも、すべて神の御心のうちにある。
「もうすぐ雨となるだろう。」
そう呟くと、頬をなでる風はさらに冷たくなった。
稲妻が一筋、黒雲を裂く。
白い閃光が草原を照らし、次の瞬間、轟音が天地を揺るがした。
アテイラは目を閉じる。
そして、今回授かった神託を胸の内で反芻した。
――世界を統べよ。
その言葉の意味を、何度も問い続けていた。
やがてゆっくりと目を開き、誰に聞かせるでもなく呟く。
「神は……私に世界を統一せよと言っておられるのか。」
答える者はいない。
あるのは、雷鳴と吹きすさぶ風だけだった。
だがアテイラの胸には、疑いよりも確信が勝りつつあった。
この戦は、ただ国境を広げるためのものではない。
部族をまとめ、国を征し、やがて世界そのものを一つにするための戦い。
それこそが、雷神トールが自らに課した使命なのだと。
再び雷鳴が轟く。
その音を合図にするように、空から最初の雨粒が一つ、大地へ落ちた。
冷たい雨が降り始めた。
細かな雨粒が鎧を叩き、草原を白く煙らせていく。
ライナー軍右翼。
アルミンは頬を伝う雨粒を拭おうともせず、静かに前方を見据えていた。
その視線の先には、ゆっくりと迫る北方軍の一隊。
軍装は実に不揃いだった。
毛皮をまとった者。
革鎧しか持たぬ者。
部族ごとに異なる旗を掲げ、武器も戦斧や長槍、曲刀と統一感がない。
おそらく征服した周辺部族からかき集められた兵たちなのだろう。
その姿を眺めながら、アルミンは鼻で笑った。
「まったく……。」
小さく息を吐く。
「どいつもこいつも、他人の土地に来て。」
冷たい瞳が敵兵をなぞる。
焼き払い、
奪い、
殺し、
それを武勇と呼ぶ者たち。
「好き勝手やりやがる。」
腰の剣に手を添え、静かに呟く。
その声には怒りも焦りもない。
あるのは、獲物を見定めた狩人のような冷静さだけだった。
やがて敵の先頭が、あらかじめ定めた地点へと差しかかる。
アルミンの口元がわずかに歪んだ。
「――頃合いかな。」
そう呟くと、右手を高く掲げる。
右翼の兵たちが一斉にその動きを見つめた。
次の瞬間。
アルミンは何のためらいもなく、その手を勢いよく振り下ろした。
アテイラは敵右翼の動きを見逃さなかった。
雨に煙る戦場の向こうで、ライナー軍の一角がゆっくりと前へ出る。
その瞬間、アテイラは静かに口を開いた。
「ゲリダリク。」
名を呼ばれた騎兵隊長は、すぐさま馬を寄せる。
「敵を崩せ。」
「はっ!」
返事と同時に、ゲリダリクは剣を天へ掲げた。
「騎兵隊、前へ!」
号令とともに、数千騎の騎馬が一斉に駆け出す。
大地が震え、蹄が泥を跳ね上げる。
疾風のような速さで敵陣へ迫ると、騎兵たちは十分な距離を保ったまま弓を構えた。
「放て!」
無数の矢が雨空を切り裂く。
黒い帯となった矢は、正面で盾を並べるライナー軍へ降り注いだ。
盾を叩く乾いた音。
鎧を貫く鈍い音。
悲鳴が雨音に混じる。
だが、ゲリダリクは止まらない。
「散れ!」
号令一下、騎兵隊は左右へ大きく分かれた。
まるで一羽の巨大な鷹が翼を広げるように、敵陣の両側面へ回り込んでいく。
走りながら再び弓を引く。
「放て!」
今度は左右から矢の雨が降り注いだ。
正面だけではない。
右翼にも、左翼にも、容赦なく矢が突き刺さる。
盾兵は向きを変えることもできず、隊列は少しずつ乱れ始めた。
十分に矢を浴びせると、ゲリダリクは振り返りもせず叫ぶ。
「退け!」
騎兵たちは一斉に馬首を返し、敵の追撃を許さぬまま大きく旋回する。
泥を蹴り上げながら自軍の周囲を一周すると、再びアテイラの待つ中央へと集結した。
誰一人として隊列を乱さない。
まるで一つの生き物のように統率された騎馬軍団を見つめ、アテイラは静かにうなずいた。
「よし。」
ライナー軍中央前列。
激しい雨の中、ティモシーは盾を構えたまま前方を見据えていた。
先ほどまで降り注いでいた矢は止み、草原には無数の矢が突き刺さっている。
足元には折れた矢。
泥に半ば埋もれた矢羽。
そして、自らの大盾。
ティモシーはしゃがみ込み、盾の表面を軽く叩いた。
矢は何本も刺さっていたが、分厚い木板と鉄の縁はほとんど傷ついていない。
「ふん……。」
鼻で笑う。
「ビクともしないか。」
ローマ式の大盾は、こうした射撃を受けるために造られている。
敵の矢は士気を削ることはできても、この壁を崩すには至らない。
ティモシーはしゃがみ込み、盾の表面を軽く叩いた。
矢は何本も刺さっていたが、分厚い木板と鉄の縁はほとんど傷ついていない。
騎兵の矢では、この盾壁は崩せない。
敵もそれを承知で歩兵を送り込んできたのだ。
そのときだった。
左右へ散開していた騎馬隊の向こう側から、新たな影が姿を現す。
無数の歩兵。
戦斧を肩に担ぐ者。
長柄の武器を握る者。
雄叫びを上げながら一直線に迫ってくる。
ティモシーの目が鋭く細まった。
「来るぞ。」
その一声が前列を駆け抜ける。
盾兵たちは一斉に身構え、後列の兵も剣の柄を握り直した。
ティモシーは剣を高々と掲げる。
「よし……ぶつかれ!」
雨音を切り裂くような怒号が響く。
「粉砕するぞ!」
その号令とともに、中央の盾列が一歩、また一歩と前へ踏み出した。
北方の戦士たちもまた咆哮を上げながら突進する。
盾と戦斧。
規律と猛勇。
二つの軍勢は、激しい雨の草原で、ついに正面から激突しようとしていた。
ライナーは雨に濡れる剣を静かに抜いた。
「始まるな。」
誰に聞かせるでもない一言だった。
激突する両軍を見据え、その瞳には恐れではなく決意が宿っていた。
コメント
1件
うわっ第21話もう来たんだ!?!? 今回ついに開戦か〜〜😭✨ 冒頭の雷鳴と神託のシーン、アテイラの「世界を統べよ」の重みがすごく伝わってきた…神様に見られてる感、鳥肌立ったよ! アルミンが冷めてるのもティモシーの盾隊もカッコよすぎて、雨の中でぶつかる両軍の描写がめっちゃ臨場感あって震えた🔥 次どうなるの待ちきれん!!
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