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インクの香る印刷所で、奴隷達が新聞を刷り続ける。
天井の梁(はり)にロープをかけ、印刷を終えた紙をピンチで両留めして、乾かしている。
換気の為に通した風が、紙を揺らす。
裏面は真っ白だった。
この世界にはまだ、両面印刷という概念がない。
今は片面印刷だけで十分に売れているからいいが、売れ行きが下がってきたあたりで両面印刷を施し、帝都中を驚かせてやる。
だが、裏面に書くのは記事ではない。
広告だ。
金さえ払ってくれるなら、内容は何でもいい。
新商品でも、旨い飯でも、求人募集でも構わない。
ああ、帝都の店という店がオレに媚びへつらう様が見える。
そうだ。それでいい。
広告費をせしめつつ、消費を喚起し、流通を促し、経済を発展させてやる。
回せ回せ、経済を回せ。
あらゆる場所に富を巡らせ、どこまでも発展するがいい。
オレが生きている間に時計の針を200年は進めてやる!!
「あの、アーカードさん。ちょっといいですか?」
インクであちこちを汚した少年奴隷がオレに話しかけて来た。
む、なんだ。
今いいところだったのに。
「なんか、外の連中が騒いでるんですよ。ゴオガイはもうないのかって」
ゴオガイ?
なんだ、それは。
ゴオガイ、ゴウガイ?
ああ、号外か。
オレはそんなもの出していない。
というか、通常印刷で手一杯だというのに号外なんぞに手を出す余力は無い。
いや、それ以前にその概念はまだ広めていないが。
「……もうないと言って、追い返しておけ」
奴隷が走り出すのを眺めながら、考える。
可能性は二つある。
一つ目はイリスだ。
オレが号外について話しているのはイリスくらいだが、脳が下半身に支配されているあいつが地力で新聞を作る意味がわからない。記事が書きたいなら、オレにねだるだろう。
二つ目は、オレと同じ転生者が現れた可能性だ。
オレが持つ最大のアドバンテージは奴隷魔法ではない。
現代知識だ。
もし、同じ知識を有した者が現れた場合、状況次第では非常に厄介になる。
のんきに冒険者でもやるなら見逃してやるつもりだったが、オレの新聞にのっかって、号外新聞なぞ出すやつは、どう考えても商人だろう。
それにしても、オレの裏をかくような売り方をされるのは気に食わん。
これで先に両面印刷などされては、オレの計画が崩れてしまうではないか。
商売をするのは構わんが、勝手に人の知名度を利用するとは何事だ。
やるならば、偽物など作らずに他紙として発刊しろ。
自分のブランドで勝負できないのか?
「む、ベルッティがいないな」
ふと、気づいたが、今はそれどころではない。
最悪の場合に備えておくべきだ。
具体的には両面印刷の手順書を作成し、闇市で新聞広告説明回を行う準備を進める。
どちらも新しい概念だ。
皆が理解しやすいよう、丁寧に仕組みを教える必要がある。
こういうのはスピードが命だからな。
だが、その前に号外新聞がどのようなものかも理解しておく必要があるだろう。
「ルーニー! ルーニーはいるか!?」
紙が手に入れば、材質から入手ルートを割り出せるかもしれん。
この世界の紙は現代に比べて流通量が少ない。
取引関係者を買収し、紙を独占するだけで済むならそれにこしたことはない。
呼び立てたルーニーは一向に現れない。
取材に行っているのだろうか。
ルーニーが取材でいないことはよくあることだが……。
そういえば、今日はイリスも見ていない。
オレの目の届かぬところで、誰かを強姦していないか心配になってきた。
オレは印刷所の奴隷達にこのまま作業を続けるよう指示を出すと、作業場へと足を運んだ。
うちの作業場では主に簡単な武具や防具を造らせている。
買い手のいない奴隷を遊ばせておくことほど無駄なこともないからだ。
見ると、奴隷のグルンドが防具を運んでいた。
防具にはオレの奴隷刻印が施され、一目でアーカードのブランドだとわかるようになっている。
うちで取り扱っているのは数打ちの量産物ばかりで、稀にいい品が入った時に転売するくらいが関の山だが、商品に奴隷刻印を入れるだけで十分に値上げできる。
別に刻印によって武器が頑丈になるわけではないのだが、皆こぞって買っていくのだ。
なんとなく、かっこいいのだろう。
ブランド品とはそういうものだ。
何も言わなくても品質が保証されているような気になる。
そのうち、オレの刻印の入った奴隷の価値も高まるに違いない。
それにしても作業場の人手が少ない。
印刷所に奴隷を回しているとはいえ、ここまで少ないか?
その上、イリスもいない。
「グルンド。何か知ってるか?」
防具を箱に詰めていたグルンドに問うと「ルーニーが連レて行キましタ」と言う。
「アーカードさんノ指示じゃナカッタノ?」
その瞬間、オレの脳裏に第三の可能性がよぎった。
そんなバカな、ありえない。
ルーニーが勝手に奴隷を使役している?
オレの何の許可もなく?
重大な責任問題だ。
それだけでルーニーに与えている権限のすべてを奪ってもいいレベルだろう。
だが、それより。
ルーニーが何をしているかが問題だ。
「【聖痕よ、来たれ。《スティグマ》】」
奴隷刻印を施す第三奴隷魔法を応用し、ルーニーに持たせた紙に遠隔で刻印を描く。
あまり知られていないことだが、奴隷刻印のデザインは改変できる。
改変せずに書いた方が性能が高いからか、誰も使わない機能だが、オレだけはその有用性に気づいた。
かなりの集中力が必要だが、奴隷刻印扱いで文字を描くことも可能なのだ。
『ルーニー。オレの奴隷で何をしている。戻れ。』
適当な紙に奴隷魔法を使い、【聖痕よ、来たれ。《スティグマ》】の一言で刻印が励起する状態で保留にする。
これを任意の相手に持たせておけば、一方向、一度限りの通信手段となる。
そして、紙を互いに持ち合えば双方向通信すら可能だ。
「来たか」
オレの懐で、四つ折りにしておいた紙が焦げていく。
ルーニーが第三奴隷魔法をかけ、奴隷化保留状態にしていた紙だ。
緊急事態に対応できるよう備えていた物だが、こんな形で使うことになるとは。
紙を開くと、焦げ痕がオレに告げていた。
『アーカードさん。すぐに戻ります。すべて事は済みました。』
賑わう帝都の街角で、肩を上下させる。
魔力切れだ。第三奴隷魔法を使いすぎた。
「おい、ルーニー。大丈夫か?」
ベルッティが心配そうだ。
何を言ってるんだ。号外新聞を配った今、一番やばいのは君なんだぞ。
「お前、ヘンだぞ。何で笑う? おかしくなっちまったのか?」
おかしいのはベルッティの方だろ。
ぼくは狂ってなんかいないよ。
ふふふ。
ああ、これでいい。
仕込みは上々、計画通り。
かなり無茶をしたけど、ぼくらはうまくやっている。
「勝つぞ、ベルッティ」
「アーカードさんに、勝つ」
雑踏の中。
少年少女をちらと見て、吟遊詩人がリュートを鳴らす。
走れや走れ、破滅の向こうへまっしぐら。
後もなければ先もない。
先がなければ明日(あす)もない。
それでもそれでも、嗚呼、君の。
君の手だけは放さない。