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書斎で本を読んでいると、ルーニーが戻ってきた。
隣に控えるベルッティは号外新聞を抱えている。
最後の一枚だ。
おそらくはオレに見せるためにあえて配らずにいたのだろう。
「まずは、弁明を聞こうか。処罰はそれからだ」
ルーニーとベルッティが顔を見合わせ、何かを意気込む。
どうやら、怖がらせてしまったらしい。
できる限り寛容な声色を心がけてみたが、少し重みが出てしまったのかもしれない。
「アーカードさん。まずは謝罪させてください。勝手な事をして済みませんでした」
少年少女が頭を下げる。
謝って済む問題ではない。
管理権限の譲渡もなしにオレの奴隷を使うとは……。
ルーニー。
お前は主人にでもなったつもりか?
それで、何をしていた。
その新聞を見せて見ろ。
オレが指で机を叩くと、ベルッティが号外新聞を持って来た。
「……なるほど。考えたな」
新聞を見て、その手際に感嘆する。
この新聞はアーカード総合印刷所で以前印刷したものだ。
表面にはルーニーの記事『知られざるゼゲルの過去Ⅳ、守護者ハン・デュラ最後の一手。』が印刷されている。
帝国側を主人公にゼゲルを悪役に据えて書かせた連続記事で、ゼゲルが児童売春に手を染めるまでの過程を、かなり事実をねじ曲げて語っている。
そして、裏面には。
第三奴隷魔法によって刻印されたベルッティの記事があった。
記事の内容について話すのは、後にした方がいい。
今はもう少し、こいつらと話がしたい。
「この新聞はどうした?」
「帝都の人々から買い取りました」
ルーニーが即座に返す。
まるで、反射する鏡のようだった。
「情報の価値は鮮度にあります。だから、古くなった新聞の価値は大きく落ちる。古新聞を買い取ることは難しくありません」
ふん、よく理解しているじゃないか。
オレは椅子にもたれかかる。
「お前に金を与えてはいないはずだが、オレの金をちょろまかしたのか?」
「帝都の金貸しに借りました」
金を借りた?
なるほど、記事で名の売れたお前だからできることだ。
「返すアテはあるのか?」
「アーカードさんからいただくお金で支払うつもりです」
「当然ですが、ぼくはその何倍もの金を稼いでみせます」
クッククク。
奴隷の分際で面白いことを言う。
オレに金を貸せ、何倍にもして返してやる……か。
完全に商人のセリフだ。
……懐かしい。
オレが現代日本で起業した時も。
アーカードとして転生し、商売を始めた時も、同じセリフを言ったものだ。
だが、ルーニー。
その言葉には責任がある。
約束を守れずに破滅していった商人がどれだけいるだろうな。
「そうか、それで。どうやって稼ぐ?」
13の少年の瞳に力が宿る。
準備に準備を重ねた策を使う時が来たのだろう。
「ベルッティの価値を限界まで高めて、使い潰します」
……もっと具体的に。
「まず、ゼゲルの魔の手にかかり、性奴隷とされた哀れな幼女として号外新聞でベルッティを宣伝します。その際、新聞を売るのはベルッティ自身です」
どうやら、楽しいおしゃべりはおしまいらしい。
オレは新聞に目を落とす。
号外新聞に書かれていたのは、ベルッティの半生だった。
性奴隷として搾取の限りを尽くされた当人に自分がされたことを克明に記した新聞を配らせれば、凄まじい宣伝効果が生まれるだろう。
哀れな少女に感激した帝都の住民たちによって、新聞は奪い合いになる。
商品広告を入れるとすれば、このタイミングだろう。
これで利益が出ないわけがない。
だが、町中でベルッティに向けられるのは、哀れみに侮蔑、好奇と劣情だ。
10歳の少女が受け止められる代物ではない。
こうなればもう気軽に帝都を出歩くことなどできまい。
幼女売春に使われていた少女など、強姦魔の格好の餌食になる。
助けようにも手遅れだ。
既に新聞は配り終えている。
宣伝効果の代償に、ベルッティの人生は致命傷を受けたのだ。
「アーカードさんは優しい方ですから、きっとぼくが提案してもお止めになられたでしょう」
誰よりも優しかったルーニーが続ける。
「でも、金を稼ぐにはこれが一番いい。これが一番儲かります」
「しょせん奴隷ですから、使い潰したらまた新しいのを買ったらいいんです」
ベルッティが動じる様子はない。
その瞳はまっすぐに自分の破滅を見据えている。
またか。
またなのか?
忌々しい、前世の記憶がよぎる。
これはオレが前世で殺された原因。
過労死した藤原加奈子の顛末と同じだ。