「正平殿、いえ、そうお呼びしてよろしいのか、わかりませぬが、あなたは、琵琶法師、つまり、親方との繋ぎ役、なのですね?」
常春の問いに、正平は、震え続けている。
これは、やましさに、押し潰されて、体が自然に反応しているのだろうと、誰の目にも明らかだったが、常春は、さらに、冷たく、言い寄った。
「黙っていれば、分からなかった。右兵衛佐《うひょうのすけ》の振りをして、私達を欺いておれば、上手く、方違え、と、称して、翌朝には、私達を追い出せたのだ。しかし……私達は、香の事を知っていた。あなた方に、とって、真似かねざる客なのに、さらに、しごく、手強い客であった、と。違いますか?家令《しつじ》殿?」
入り口廊下で、タマが喋ったと腰を抜かしているはずの、家令が、ちっと舌打ちする。
「あー、なるほど、ここも、皆、悪党ばかりだったのかあー。じゃあー、ふふふ」
と、なぜか、タマが、常春の責めに割り込んで来ると、意地悪く口角を上げ、つぶらな瞳を細めた。
「あ、兄様、も、もしかして!!タマのあれがっ?!」
「……かも、しれない。でも、なんで、いきなり……ここで」
えーとですね。タマ、ちょっと、食べ過ぎちゃって、お腹が張ってるんです。だから、すっきりしたいんですけどね、と、言うと、キリリと顔を引き締め、
「そして、悪者には、仕置きをせねばなりませんから!!」
などと、もっともな事を言った。
「ちょっと、待て、今、あれをやられたら、話が聞けぬ。タマ、少し、待てぬか!!」
「待てませぬ!いや、待ってはならぬのです!!常春様!!」
言うと同時に、タマは、広縁から駆け出して、房《へや》を、突っ切ると、入り口、家令《しつじ》の元へ向かった。
「な、なんなんだ、この、化け物はっ!!!離れろっ!!」
家令は、慌てた。
「離れませんよーーー!」
言うと、タマは、ガアッーーと、口を開け、犬歯を見せた。
噛まれると思ったのか、家令は、後退りながら、懐を探っている。
その一瞬の隙に、タマは、振り向くと、ブッ、と、例の音を発した。
「あーー、やっちゃった」
紗奈の嘆きと共に、うーーーん、と、なんとも言い現せない、叫びが上がり、家令は、そのまま、朽ち果てた。
「な、なにやら、目に、染みるような、鼻に、つんと来るような、そして、どこか、香ばしく、深みのある香りが、漂っているのだが、こ、これは、な、なんじゃっ!!」
守孝は、さっと、袖を顔に当て、呻いている。
「はーい!タマの仕置きでーす」
あー、すっきりしたなぁーと、言いながら、タマは、皆のところへ戻ってきたが、
「常春様、あの家令は、短剣をもってましたよ?だから、タマがいて、助かったでしょ?」
確かに、倒れる家令の胸元には、短剣が、転がっていた。
ふふふ、と、ほくそ笑み、またもや、どこか、悪投顔を見せるタマは、今度は、正平を見る。
「さあ、常春様の言うことを聞け!!さもなくば!!」
ははあーー、と、正平は、タマに向かって、慌てて平伏した。
「のう、常春や、兄上の所は、一体、どうなっておるのじゃ?」
つーんと、きた。と、言いながら、守孝は、目から、ポロポロ涙を流している。
「いや、まあ、その、つまりですね、どのような者が、入りこもうと、大納言家は、猛者揃い故に、退治できるということなのです!!」
「そ、そうです!髭モジャまで、いますからっ!!」
理由になってない理由を述べる兄を紗奈が、庇うが、ますます、わけが分からなくなっていく。
「上野様!!!そうだ!!!髭モジャ様ですよ!」
タマが、叫ぶ。
「ここも、結局、悪党だらけです!!新《あらた》のように、市中引き回しすべきです!!」
「うん!そうだ!タマの言う通りに違いない!!」
常春が、いつになく、弾けた。
「タマ、至急、髭モジャ殿を呼んでもらえぬか?」
うーんと、タマは、考え込む。
夜目が利くタマならば、大納言家への往復は、容易い。しかし、髭モジャを連れてくるというのは……と、思案している。
夜の往来は月明かりと、せいぜい、松明ぐらいにしか、頼れない。
その明かりは、足元が、ぼんやりと照らされる程度で、おぼつかないものだ。馬に乗ったとしても、それで、至急、は、なかなか難しい。
「わかりました!!姫猫様!力を貸してください!!」
なにか、考えを思いついたのか、タマは、一の姫猫へ近寄ると、互いの、口をくっつける。
「きゃっ、口吸《せっぷん》い!!!」
紗奈は、頬を赤らめた。
と、皆が、仰天している間に、一の姫猫の体が、ぐんぐんと大きくなっていく。
「よし、これぐらいかな?」
タマは、言った時には、姫猫は、虎と見まがう大きさになっていた。
そして、有無を言わさず、虎のような姫猫は、タマをくわえると、たん、と、広縁を踏み切った。
次の瞬間、姫猫の体は宙に浮き、空を駆けて行く。
「上野様ーー!髭モジャ様、つれて来ます!待っててくださーい」
タマの声が、切れ切れになっていく。
姫猫が、前足をひとかきするだけで、瞬時に、はるか先へ移動した。
気が付けば、姫猫の姿は、空の彼方で、点になっていた。
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