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そして、いよいよ花梨は柊と一泊の現地調査へ出かけることになった。
彼女は、今日までの間、何度も自分に言い聞かせる。
『これは仕事なのよ』
『あくまでも、ただの出張なんだから』
『よこしまなことは考えちゃダメ!』
あの日以来、日に日に柊を意識し始めていることに気づいた花梨は、つい自分が『鉄壁な女』だということを忘れそうになる。
あの時の柊の言葉は、ただの『いち社員、いち部下』に向けたものだ。だから、花梨は思いを寄せても無駄なことは分かっていたし、この気持ちをなんとしても柊に知られてはいけないと警戒していた。
(まあ、課長は最初から私のことをそんな目で見ていないし、心配するほどでもないわね)
最終的に、そんな結論にたどり着く。
あれこれ考えている自分のことが可笑しくて、花梨はつい苦笑いを浮かべる。
そして、気を取り直し、営業車が停めてある地下駐車場へ向かった。
車の前まで行くと、柊はいない。
「あれ?」
その時、後ろから声が響いた。
「こっちだ」
振り返ると、柊が自分の車の前で立っていた。
「あれ? 課長の車で行くんですか?」
「ああ。営業車で長距離は勘弁だ」
「ですよね」
花梨も時々営業車を運転するので、乗り心地の悪さはよく分かっている。だから納得した。
「じゃあ行こうか」
「はい」
二人が乗った車は、長野へ向かって出発した。
花梨がいつものようにパンツスーツを着ているのを見て、柊が言った。
「ラフな格好でもよかったのに」
そう言った彼の服装は、デニムにVネックの黒いセーターというカジュアルなスタイルだった。
服装については花梨も迷ったが、一度社に顔を出してから出発するので、念のためスーツを着てきた。
「私服も持ってきました。明日は直帰なので着替えます」
「そっか」
車はすぐに高速へと入った。
スムーズに流れていく窓の外の景色を眺めながら、花梨はぼんやりと思った。
(最後に高速に乗ったのは、卓也と別れる半年前くらいだったかな? 私がどうしても湖に行きたいって言って、しぶる卓也を無理やり連れ出したんだっけ?)
花梨は当時を思い出し、少ししんみりとした。
あの頃、まだ二人の仲は順調だった。しかし、あの後から少しずつ卓也の気持ちは離れていったのかもしれない。
今頃彼は、若くて可愛い莉子の言いなりになり、あちこち出かけているのだろう。
そう思うと、胸がズキンと痛んだ。
(こらこら、もう過去は振り返らないの!)
花梨は辛い気持ちをぐっとこらえると、気分を変えようと口を開いた。
「浜田様の別荘は、人気の場所にあるんですよね?」
「うん。中心部からは少し離れているが、あの辺りでは一番人気の場所だ」
「価格が高騰している今、買ってくれる人がいるでしょうか? 富裕層は、もうすでに有名避暑地に別荘を持っている方がほとんどですし、白馬は東京から遠いので、はたして買ってくれるかどうか……」
「確かにそうかもしれないが、発想の転換をすればチャンスはあると思うよ」
「発想の転換?」
「うん。購入してくれる相手を、富裕層だけに絞らなければいいんだよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「例えば、保養所やセミナーハウス、スポーツクラブの合宿所とか? そんな使い道もあると思わないか?」
「あ、確かに。駐車場は広いし、部屋数もかなり多いですもんね」
「そう。昔はそういった中規模の保養所もいっぱいあったしね。もしかしたらそういう縁もあるかもしれない」
「なるほど、さすが課長!」
柊の話を聞き、花梨は少しホッとする。
とにかく、娘さんとの思い出が詰まった浜田夫人の大切な別荘は、きちんとした人にバトンタッチしたい……花梨は心からそう願っていた。
二時間ほど走ると、柊が言った。
「早く着きそうだから、一度下道に降りて昼めしにするか?」
「諏訪インターで降りるんですか?」
「うん。諏訪湖は行ったことある?」
花梨は、湖の名前は知っていたが、実際に行ったことはなかった。
「ないです」
「そうか……鰻は好き?」
「あ、はい、大好きです」
「じゃあ鰻にしよう。こっちに来ると、いつも寄る店があるんだよ」
柊はそう言って、高速の出口へ向かった。
花梨は、まさか途中で寄り道をするとは思っていなかったので驚いたが、鰻は食べたかったので嬉しかった。
やがて車は、柊行きつけの鰻屋に到着した。
車を降りると、冷たい風がひんやりと花梨を包む。
「わ、涼しい!」
「東京とはかなり気温差があるな」
スーツ姿の花梨は、思わずぶるっと震えた。
上着は用意していたが、バッグに入れたままだったので、面倒で出さずにいた。
すると、突然彼女の身体がふわっと暖かい空気に包まれる。
「よかったら羽織っておけ」
冷たい空気が遮断されたのは、柊が掛けてくれたウインドブレーカーのせいだと分かった。
「ありがとうございます」
花梨は、彼の優しさにドキドキする。
(さすが『王子様』……女性の扱いが上手いわ……)
花梨は感動を覚えつつ、再びあの言葉を思い出す。
(ダメよ花梨! 『鉄壁女』に徹するのよ!)
そう自分に言い聞かせながら、柊の後を追った。
柊の行きつけの鰻店は、和モダンな雰囲気の素敵な店だった。
暖簾をくぐって店に入る柊の後に続き、花梨も店の中へと足を踏み入れる。
それから二人は、美味しい鰻に舌鼓を打った。
コメント
21件
私は諏訪に住んでいたから諏訪湖にはよく遊びに行っていました🎵 鰻の美味しいお店ありますよね。 白馬の方にも若い頃はスキーに行ったなぁ。と懐かしくなりました😊
花梨ちゃんかわいい🤭 もう逃げられません❗️💓💓
柊さんの車で白馬へ💕💕 気持ちは半分デートだよね。:+((*´艸`))+:。 寒い時にそっと上着まで。優しい柊さん🎀🎶 元カレなんて思い出せなくなる位柊さんへの思いがいっぱいになるように💗 泊まりとはわくわくドキドキよねっ🫰🏻➰💕