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「素晴らしい……」


グラン家の別邸を出て森の道で荷馬車を走らせていた研究者は、思わず感嘆の声を漏らした。

往路ではあれほど激しかった横揺れがほとんど無い。調整した上で油を注し直したのだろうか、車輪のがたつきも減って走りも滑らかになっている。見るからにベテラン風だった老人はかなり腕の良い職人なのだろう。荷台を牽引する馬への負担も減ったおかげで、行きとは別馬のように快活な走りを見せていた。


これは思った以上に早く戻れそうだと、ケヴィンはご機嫌で手綱を繰った。今日は何て素晴らしい日なんだろうと、自然と鼻歌まで出てくる。この森の館の訪問は、彼にとってまさに転機としか思えない。


「よう。お早いお帰りで」


朝早くから叩き起こされた上に、たった一台しか無い荷馬車と馬を強奪された友人は、あからさまに不機嫌な顔で出迎えてくれた。おかげで街外れにある畑に行けず、今日はずっと仕事にならなかったらしい。


「今朝はすまなかった。本当に助かった」


謝罪の台詞とは裏腹に、ついつい顔がほころんでしまう。そのふざけた態度が農夫の怒りを助長したのか、さらにむっとした表情になるのは見逃さなかった。


「すまんすまん。でも、これを見ろよ」


乗って返しに来た荷馬車を親指で示し、男の視線を促す。これを見てもまだ怒り続けられるのか? と。

領主お抱えの職人の手で丁寧に修繕されたそれに気付き目を丸くしている友人へ、誇らしげに付け加える。


「これだけじゃないぞ。魔石も補充済みだ」

「マジか……」


魔力補充の中でも複雑な方に分類される魔獣除けは、火や水といった単純な物よりも割高だし時間もかかる。それが分かっているから、もう怒るに怒れない。


「で、成果はあったのか? 迷い人、だっけ?」

「ああ。行った甲斐は大ありだったよ。近い内に隣国へ行くことにした」


悪戯じみた仕掛け付き手紙での呼び出しにガセ情報かと疑ってはいたが、訪問して正解だった。謎に包まれていた祖先のメモ書きが解読できた上に、これまで迷っていた隣国の調査に行く決心もついた。


別人のように上機嫌になった友人から魔力補充分くらいは奢るからと誘われたが、寄るところがあるからと断る。飲みに誘われて断ったのなんて、いつぶりだろうか? 全く覚えがない。

友人宅を後にすると、ケヴィンはそのまま近くの理髪店へと向かった。いつまでも進展のない研究への苛立ちとゲン担ぎとで随分と伸ばしっぱなしにしていた髪と髭をさっぱりさせる為に。


「そうだ、文具屋にも寄らないとな」


新しい手帳とペンと、今日知り得たことをまとめ書きする為の紙も余分に買い足しに行こう。ただ闇雲に古い文献を読み漁ってるしか出来なかった以前とは違い、次から次へとやりたい事が出てくる。


「ああ、学舎に休暇願いも出しに行かないと……」


研究では食べていけないからと父の口利きで学舎の非常勤講師もしていたが、隣国行きを決めたからには休みを貰わないといけないことを思い出した。無精髭が無くなり、髪も短く整えられた彼の姿に子供達はなんと反応してくれるだろうかと想像したら笑いが零れてくる。


「サイトウ先生?」


まず先に立ち寄った文具屋でペンの持ち味を試している時、背後から呼ぶ声がした。振り向くと学舎の上級クラスの女生徒が立っていた。


「やあ、メアリー」

「先生、何してるの?」


宝飾加工職人の一人娘であるメアリーが、ツインテールを揺らしながら不思議そうにケヴィンの顔を覗き込んでくる。


「先生、髪切ったの?」

「ああ。よく分かったね」


髭の無くなった顎を少し照れ臭くなって撫でた。かなり印象は変わったはずなのに、よく気が付いたねと褒めてやると、


「だって、いつもと同じ服だし、顔は変わってないもん」


ああ、なるほど、と子供の観察力に関心する。皮膚を覆う毛の長さくらいでは人の本質は変わらないということかと変に納得してみた。この調子なら学舎に顔を出しても特に反応は無さそうだなと、少しだけガッカリしたのはメアリーには内緒だ。


一通りの用事を済ませて物置小屋のような自宅に戻った時にはすでに日が暮れかけていた。今日は一日中ずっと出掛けていたが、ケヴィンはまだまだ活力に満ちていた。手帳の更新もしたいし、知り得た記録をまとめたい。そうそう、祖先のメモ書きの内容も親戚中に知らせてあげたい。旅立つ前にやっておきたいことは山ほどある。


けれど、まず最初にしなければいけないのは、家の片付けだろうか。周りを見回してみると、やさぐれた研究者生活の象徴のような散らかった部屋。書物が多いのは仕方ないにしても、ゴミくらいはちゃんとまとめないと、と要らない袋を探し出して手近な所から不用品をかき集め始めた。


「そういや、立派だったなぁ、あの屋敷」


さすがに領主の別邸というだけあって、趣のある調度と内装に、隅々まで磨き上げられた室内。庭園も手入れが行き届いていたし、あんな建物が森の奥にあるなんて想像さえ出来なかった。今更だが普段着のまま訪れてしまったことを恥ずかしく思えてくる。


次はちゃんとした格好で行くようにしよう。それだけは心に決めた。

まさか以前はあそこもゴミ屋敷同然だったことを彼は知らない。

猫とゴミ屋敷の魔女 ~愛猫が実は異世界の聖獣だった~

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