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「奏……」
吐息混じりに、怜が彼女の名を呼ぶ。
腰に腕を回し、奏の頭を胸元に引き寄せた。
黒い艶髪に唇を落とした後、そっと頭を撫でる。
「ずっと……苦しかったよな。でも、奏が抱えてきた苦しみも悲しみも辛さも……全部俺が受け止めて…………忘れさせてやるから。だから……」
抱きしめていた腕を緩め、奏と眼差しを交えると、彼女の黒い瞳は潤んでいる。
意思の強そうな瞳は鳴りを潜め、微かに揺らいでいるようにも見えた。
「無理だけはするな。そして、いつか奏が……俺に心を開いてくれるようになったら……笑って欲しいし、俺に……甘えて欲しい」
怜の言葉に、奏の心に温かいものが包み込まれる。
こんな言葉をかけてくれる人は、彼しかいない。
奏は異性に甘える事を知らないようなものだ。
今まで気を張って異性に接してきた事もあり、奏は、怜に『はい』と返事をする代わりに彼の胸に顔を埋めた。
「奏、おいで」
彼女の手を引きながら、ソファーへ座る。
奏が座ると同時に、怜は小さな身体を抱き寄せた。
白い頬に手を添え、節くれだった指先で幾度も撫で続けた。
指先が奏の頬から滑り落ち、彼女の顔に浮かぶ薄紅の唇を親指でなぞった後、顎に手を掛け、上唇そして下唇を甘く食む。
奏は、怜から与えられる口付けに、心臓がキュっと摘まれたような感覚に襲われた。
細い身体は彼に引き寄せられながらも次第に力が抜けていき、自力で身体を支えられそうもない。
(好きな人と交わすキスって、こんなに甘く蕩ける感じなんだ……)
怜は幾度となく、奏の小さな唇を堪能している。
リップ音を立てながらそっと唇を離し、大きな瞳を見つめた。
(私、自分の気持ちを……伝えていいのかな……)
奏は怜に告白されて恋人になる事を了承はしたが、彼に対する密やかな想いを、まだ打ち明けていない。
リビングには森閑とした空気に包まれ、言葉に出せるような雰囲気ではなさそうに感じた奏は、先ほどと同じように怜の胸に顔を寄せる。
「奏? どうした?」
彼が彼女の顔を覗き込むと、奏は、何でもない、と言うかのように数回首を横に振る。
「何か言いたい事があるんじゃないのか? 俺に遠慮しなくていい。思った事を言ってくれた方が、俺も奏の事をもっと理解できると思うから」
彼の言葉に安堵したのか、奏は上目遣いで涼しげな奥二重の瞳を見つめる。
なかなか言葉を口にしない奏に、怜は緩やかな表情で小首を傾げるが、無理して言わせようとせず、彼女が言葉を伝えてくれるのを待った。
「怜……さん……」
小動物のように瞳を潤ませる奏が、唇を微かに震わせながらうっすらと開き、引き結ぶ。
この仕草を数回繰り返した後、消え入りそうな声で、じっと彼女を見つめたままの怜に伝える。
「怜さ……ん……。好き…………。多分……結婚式の後……お茶した時……から……怜さん……が…………す……き……」