テラーノベル
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夜空を裂いて飛ぶセブンの爪の下、ヒロノゼウスの視界に、戦場が一気に開けた。赤黒い霧が渦を巻き、中心で神獣クルサ・ガルヴァが咆哮し、その前にイザリオとロスクが剣を構え、背にはエルファーナがすがるように立っていた。
(……王子と王女!?)
ヒロノゼウスの胸に衝撃が走った。
(間に合え……! セブン、降下だ!!)
『了解!!』
セブンは翼をすぼめた。
隕石さながらに夜空から急降下する。
凄まじい突風が赤黒い霧を切り裂き寄せ付けなかった。
白い光へ向かって、一気に距離を詰めていった。
「ドンッ――!!」
着地と同時にヒロノゼウスはクルサ・ガルヴァの胸部へ、
エルフショットガンを叩き込んだ。
炸裂音の衝撃波が地面を割り、土煙が弾ける。
白衣を靡かせ、巨大な怪物の前に立つヒロノゼウス。
「お下がりください! ここからは、俺が止めます!」
イザリオとエルファーナが同時に顔を上げた。
「あなたは……?」
ヒロノゼウスは片手でエルフショットガンを構えたまま、微動だにせず、静かに名乗った。
「私は王研の研究者、ヒロノゼウスと申します。
王子。助太刀に参りました」
その立ち姿に、イザリオは息を呑んだ。
ただの学者ではない。
その眼差しには、戦場に立つ者の覚悟が宿っていた。
「ヒロノゼウス、よろしく頼む」
イザリオが頷く。
「かしこまりました。お任せください」
ヒロノゼウスは一歩前へ出た。そして、エルフショットガンを構え直し、最前線に立った。
クルサ・ガルヴァが地を踏み鳴らし、赤黒い霧が渦のように巻き上がる。ヒロノゼウスは眼鏡型ガイドスコープを装着した。
霧にまみれた神獣を真正面から見据えた。
「神獣クルサ・ガルヴァ」
ヒロノゼウスが叫んだ。
その名を呼ぶ声は、かつて、この島の守護獣を研究してきた者だけが持つ敬意だった。
「本来なら王家を護る存在だったはずだ。それがここまで変質してしまうとはな……」
ヒロノゼウスは歩み出た。その表情に恐れはなかった。
「俺は生物学者として、お前を解析し尽くすこともできる」
「クルサ・ガルヴァ。本当の姿を俺は、忘れていない!」
エルフショットガン閃光式麻痺球(スタン・オーブ) を射出。
「バシュッ!!」
「バシュッ!!」
「バシュッ!!」
白光が霧を裂き、神獣の肩口を正確に撃ち抜く。
「ガッ……アアァァァッ!!」
神獣は苦悶の声をあげてたじろぎ、
赤黒い霧が剥がれるように散った。
ヒロノゼウスは迷わず眼鏡型ガイドスコープを展開。
◆ 情報ウィンドウ
学名:クルサ・ガルヴァ
分類:変異獣属《夜影(やえい)》
属性:獣型 × 霧属性 × 寄生型
理性生存率:40%
特性:
・鋼殻角
・五条の爪
・赤黒霧侵蝕(精神汚染)
・影化(シャドウステップ)
弱点:解析中……。
「だが……まだ“理性の核”は死んでいない。
お前の奥底には、必ず“護りたいもの”が残っている……」
赤黒く揺れるクルサ・ガルヴァの双眸。その奥に、かすかに残る金色の瞳の残滓へ向けて、ヒロノゼウスは語りかけるように、言葉を重ねた。
だが、その瞬間だった。足元の赤黒い霧が、まるで裂けた皮膚のように割れた。そこから伸びた影が、生き物の指のようにうねりながら、ヒロノゼウスの足首へと絡みつく。
「うっ……!」
息が詰まり、視界が歪む。金縛りの衝撃と同時に、理性の防壁が、内側から軋みを上げた。勝手に、脳裏に隠された記憶の扉が開く。
押し殺してきた記憶。
忘れたはずの光景。
封じ込めた“感情”。
それらが、走馬灯のように赤黒い波となって逆流してきた。
(やめろ! これは……精神侵蝕なのか……!)
(くっ……)
後方から届くエルファーナの祈りの白魔法さえ、
かき消されるように、思考が遠のいていく。
イザリオの声も、ロスクの声も、次第に沈んでいった。
そして、闇がすべてを覆った。
ヒロノゼウスが気づくと、そこには白と黒だけで構成された世界が広がっていた。ここは、ヒロノゼウスの凍てついた記憶の牢だった。そして、目の前に浮かび上がったのは、
――王研・地下二十階。ルーフ研究室。
白い無機質な手術室。金属音が響くたび、拘束された幼い鷹セブンが震えていた。
「大丈夫よ、セブン……痛くしない。すぐ終わるわ」
優しく語りかけながらも、ルーフの手は迷いなく装置を起動した。
「セブン、これでお前といろいろコミュニケーションが取れる。いっぱい、話そうな」
手術台の上で、セブンが弱く鳴く。
金属の拘束具が冷たく反応し、翼が震えた。
(ヒロノゼウス……こわい……こわいよ……)
その声は誰にも理解されないままかすれて消える、“感情”を持つ最後のセブン”の声だった。ヒロノゼウスは一瞬、手を止めた。胸の奥で、嫌なざわめきが生まれる。
「ルーフ……やっぱり、やめたほうがいいんじゃないか……」
「何言っているのよ、ヒロノゼウス!」
ルーフは振り返り、瞳を輝かせた。
「知性強化は、動物と人間が“分かり合う”ための技術よ。本来は、お互いをもっと理解できる架け橋になるはずなの。だから、感情層にこのマイクロチップを埋め込んで、ほんの少しだけ調整すればいいわ。そうすれば、言葉が、きっと届くようになる」
ヒロノゼウスは言葉を失った。
装置が起動し、麻酔弾が静かにセブンへ撃ち込まれる。その瞬間。セブンの瞳から“温もり”が落ちた。
ルームライトが青白く変わり、機械が一斉に稼働した。
「手順書確認……手術ロボットアーム正常稼働。切開開始。
エルフエナジー照射率、基準閾値内。手術完了まで残り――」
機械音声が手術室内に響き渡った。
しばらくして、セブンの視界に光が戻った。
「セブン……お前……聞こえているか?」
『聞こえている。セブンとは誰。あなたは誰』
「……ヒロノゼウスだ。お前を飼っている」
『私を飼っているヒロノゼウス。はじめまして、ヒロノゼウス』
「はじめまして……ではないだろう。俺とお前は、ずっと一緒だった」
『そうなのか。そんな記憶はない……』
「記憶がないって……嘘だろう」
『そうです。記憶がない』
「記憶がない……そんな……」
その会話は、脳内に埋め込まれた人工チップを通して、言葉をやり取りしているようだった。
ルーフがディスプレイから目を離し、ヒロノゼウスを覗き込む。
ディスプレイには、セブンの脳活動を示す波形が表示されていた。
そこからは、言語パターンに類似した信号が検出されている。
「ヒロノゼウス。どう? コミュニケーションは取れた?」
「ああ……」
ヒロノゼウスは、絞り出すような小さな声で答えた。
「だが、抑揚がない。まるで脳内の人工チップを通して、言葉を発しているようだ。まるで……電子音みたいだ」
「すごい……成功したわ!ついに“人の手”で生物の進化を制御できる……。これで、未来は変わるわね!」
「いや、ルーフ。成功ではない」
ヒロノゼウスの声が低くなる。
「セブンは記憶がないと言っている。これは違うぞ。確かに言葉は通じる。だが、これは……」
言葉が続かなかった。
「記憶がなくなるのは想定外だったけど……ねえ、ちゃんとコミュニケーションは取れるようになったじゃない」
ルーフは柔らかな口調で続けた。
「これからヒロノゼウスが、セブンにいろんなことを教えてあげればいいの。今日から新しい思い出を作っていけばいいじゃない。だから、大丈夫よ。私も協力するからね」
「そんなことを言うな!」
ヒロノゼウスが声を荒らげた。
「何よ! わがまま言わないの!! 記憶も感情も残せる保証はないって、前に言ったじゃない。それを理解しなかったあなたが悪い」
そう言って、ルーフは手術室から出て行った。
「俺は知性と引き換えに……
セブンの記憶も、感情も……奪ってしまったんだ……!」
声が震えた。
吐き出した言葉が、赤黒い霧の幻覚と溶け合い、胸の内へと逆流する。影が心臓を掴むような痛み。鼓動が乱れ、白黒の視界がぐらりと傾いた。やがて、全身に“焼けつく熱”が広がる。
まるで全身の細胞で、ミトコンドリアが一斉に暴走しているような熱だった。皮膚の内側を、血管に沿って焼き尽くされるような感覚。
「すまない……俺は……」
言葉は、最後まで形にならなかった。
赤黒い瘴気が、さらに深く、精神の奥へ沈み込みこみ
全身を焦がしてゆくような感覚が増してゆく。
再び、視界は墨を流したように滲み闇が広がった。
自分の声が遠ざかり、思考が、底へ、底へと沈んでいく。
「ぐ……やめろ……!」
かろうじて、声を、絞り出した。
――その瞬間。
クルサ・ガルヴァが咆哮し、
鋭い五条の爪が、トドメを刺すように、
ヒロノゼウスへ振り下ろされようとした。
その時。
「キィィィィ――!!」
――セブンだ。
黒霧を切り裂くように急降下し、
爪でヒロノゼウスの腕を掴み上げる。
次の瞬間、ヒロノゼウスの身体は、
夜空へと跳ね上がっていた。
直後、地面が砕ける音がした。
クルサ・ガルヴァの五本の爪が、ヒロノゼウスのいた場所を薙ぎ払った。セブンは高空で反転し、ヒロノゼウスをしっかりと支えながら言った。
『覚えているよ……ヒロノゼウス。あの日のこと、全部……』
『あの日から、お前は俺が生まれた日のことから、これまでの思い出をずっと話してくれた。月日が経つにつれて、俺の脳裏に、お前と過ごしたかすかな記憶が戻ってきた』
セブンは、夜風の中で静かに続ける。
『俺を壊したくなくて、声まで震えていた。あのときのお前の“気持ち”は、感情層が消える前に、全部見えていたんだ』
ヒロノゼウスは言葉を失った。セブンの声が、荒れ狂う夜を真っすぐに切り裂く。
『確かに、俺の感情層はなくなった。そのときに感じた辛い気持ちも、悲しい気持ちも、嬉しい気持ちも……“身体では”もう反応できない』
セブンは静かに続けた。
『でもな、ヒロノゼウス。 “記憶した想い”まで、消えたわけじゃない。お前と過ごした日々も、お前が俺を想ってくれた心もちゃんと蘇っている。だから、こうして自由に言葉にできるんだ』
ヒロノゼウスの胸が揺れた。長く閉ざされていた傷口に、
柔らかな風が吹き込むようだった。
『過去を悔いるな、囚われるな。ヒロノゼウス。お前が今、戦っているのは過去じゃない。“これからの未来を創るため”なんだろ?』
翼が夜空を裂き、セブンの声が響き渡る。
『だったら、今に集中すれば未来は自由に創れる!
だから、俺は……“今のお前”を支えるだけだ!』
その言葉が、赤黒い霧に沈みかけていた、
ヒロノゼウスの意識を、ひと息で引き戻した。
ヒロノゼウスは深く澄んだ夜空の空気を吸った。
胸の奥に巣くっていた黒いざわめきが、
セブンの言葉に触れて、ひとつ、またひとつと溶けていく。
(そうだ。俺は、もう過去に囚われない。今を生きる)
赤黒い霧は、まだ足元にまとわりついている。
だが、もう俺の中へ入り込んではこない。先ほどまで思考を侵食していた赤黒い霧の力も、今は届かなかった。ヒロノゼウスの中に、“揺るがぬ軸”が戻ったからだ。
「ありがとう、セブン。もう大丈夫だ」
『了解! 相棒』
ヒロノゼウスの瞳から、赤黒い影が消えていた。
鋭い眼差しが、地上の戦場へと向けられる。
――過去に囚われるのでなく、今を護り未来を創るために。
夜風がヒロノゼウスの頬を打つ。
視界が、澄みわたる空のように開けた。
イザリオ王子は再び双刃を構え、ロスクもサーベルを構えていた。
赤黒い霧に覆われた根の洞の入口では、エルファーナの癒しの光が、なおも淡く揺れている。細く、しかし確かに絶えぬ光。それが消えない限り、赤黒い霧は完全な濃度を取り戻せずにいた。
ヒロノゼウスは、その光を一瞥した。
そして、セブンの背へと視線を移す。
ヒロノゼウスは、セブンに合図を送った。
「行くぞ、セブン!」
セブンは翼を大きく広げ、ヒロノゼウスを支えるように、
イザリオの近くを飛翔した。
ヒロノゼウスは、イザリオへ向かって声を張る。
「イザリオ様! 俺がクルサの核石(コア)を露出させます。
そこを叩けば、暴走は止まります! 任せてください」
「頼んだぞ。ヒロノゼウス。私はエルファーナ達を護る!」
イザリオ王子は力を込めてそう言った。その双刃が、再び淡く煌めいた。ヒロノゼウスは黙って頷いた。
『ヒロ! 霧の流れは俺が読む!』
風が唸り、三つの意思が一点へと集束する。
セブン・ヒロノゼウス・イザリオ王子
三つの“意志”が、それぞれ異なる役割を持ったまま、ひとつの軌道へと重なっていった。
イザリオが地を蹴って踏み込み、双刃が火花を散らす。神獣の注意が前方へ引き寄せられた、その一瞬。セブンは鋭く旋回し、霧の薄い“狭間”を切り裂くように飛翔する。
その軌道が、ヒロノゼウスへ、完全な攻撃ラインを開け渡した。
『今だ、ヒロ!! この一撃しか、お前を支えられないからな!!』
夜風が頬を打つ。
(だからこそ、この一発を外さない……)
エルフショットガン閃光式麻痺球(スタン・オーブ)を構え、ヒロノゼウスは、腰のポーチから弾丸を取り出した。
光のエルフ鉱石で作った弾丸、一発を充填した。
そして、銃身をほんのわずかに傾けた。
クルサ・ガルヴァの背骨にある理性の核へ至った。それは単なる急所ではなかった。この一撃でクルサ・ガルヴァの“存在”を壊すのではない。失われかけた理性を再び“呼び戻す”ための、唯一残された場所。
ヒロノゼウスは、エルフショットガンを構え直した。この距離なら、光の弾を核石(コア)へ撃ち込める。
核石を包む赤黒い霧に光を流し込めば、クルサに憑依している赤黒い霧を溶かせるはずだ。ヒロノゼウスは、そう信じていた。
だが、ほんのわずかに狙いを誤れば、すべてを壊してしまう。それは、ぎりぎりの射線だった。
(これが……俺の“贖罪”だ)
ヒロノゼウスの決意に共鳴するように、かすかに震える。先端へ、金色の粒子が、充填した光の鉱石の弾に吸い寄せられ、”黄金の弾”を形づくってゆく。
それは兵器というより、彼の想いそのものが“光”へと変換されているかのようだった。
そして、引き金を引いた。
「ズン――!!」
黄金の奔流が一直線にクルサ・ガルヴァの背へと突き刺さる。
「ガアアアアアァァァァッ――!!」
クルサ・ガルヴァは喉を裂くような雄叫びをあげ、
背の骨角がひしゃげるほど、全身を大きくのけぞらせた。
次の瞬間。
鋼の外殻が焼け焦げ、崩れ、剥がれ落ちていく。
(――届いた)
ヒロノゼウスは、そう確信した。
だが、クルサ・ガルヴァの胸部、その奥深くに埋め込まれた、
もうひとつの“核石(コア)”が、異様な鼓動を刻み始めた。
赤黒く脈動する核石に、
外部から流れ込んだ光のエネルギーが触れる。
「ドクンッ!――」
核石が、一際大きく鼓動した。
「効いたのか?」
だが、違った。背骨側の核石に走っていた亀裂が、まるで時間を巻き戻すかのように、ゆっくりと塞がっていく。赤黒い霧も、外へ逃げることはなかった。むしろ、霧はクルサ・ガルヴァの肉体へと吸い込まれていく。
胸部へ。
背骨へ。
そして、核石へ。
赤黒い影が、より深く、より濃く、クルサ・ガルヴァの内部へと収束していく。まるで、クルサ・ガルヴァの肉体そのものを、“より適した器”へと作り替えているかのようだった。
「違う……」
ヒロノゼウスの顔から血の気が引いた。
「再生じゃない……再構築か!?」
眼鏡型ガイドスコープが、激しいノイズとともに明滅する。
「何だ、これは……!」
赤黒い霧がクルサ・ガルヴァの骨格に絡みつき、外殻を内側から押し広げ影そのものが、鎧のように定着していく。
神獣だった輪郭は崩れ、より高く、より歪に、より“影の王”の形へと引き伸ばされ蠢いた。
眼鏡型ガイドスコープが、ノイズ混じりの最後の認識結果を、かろうじて表示した。
◆ 解析結果
《クルサ・ガルヴァ》
《第二形態》
《影王相(シャドウ・ロードフォーム)》
それはもはや神獣ではなかった。
赤黒い霧そのものが、クルサ・ガルヴァの体に憑依して、
王の形を取った存在、
影王相(シャドウ・ロードフォーム)だった。
須古星 れい
512
ばたっちゅ
20,038
コメント
1件
おおお…第49話、めちゃくちゃ熱かった……! セブンがあの日の記憶を覚えていて、「感情層は消えても想いは消えない」って言葉にグッと来たよ。ヒロノゼウスが過去の贖罪として放った黄金の一発もカッコ良かったけど、まさか第二形態「影王相」に再構築されるとは…続きが気になりすぎる!🔥 今回も痺れました、更新お疲れさまです!