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放課後の教室。カーテン越しの光がぼんやりと揺れていた。
相談に来た少年は、机に突っ伏したまま、呟くように言った。
「……なんで、勉強しなきゃいけないんですか」
遥は椅子に座り直し、少しだけ首をかしげた。
「なんで、って?」
「テストとか受験とか……正直、どうでもいい。将来のためとか言うけど、その”将来”が見えないんです。大人になってまで、ずっとつらいなら意味ないじゃないですか」
言葉は淡々としていたが、机に押しつけられた拳が小さく震えていた。
遥はしばらく黙り、ペンを指先で転がした。
「……俺も、似たこと考えてたよ」
「え?」
「勉強しても、どうせ家帰ったら殴られるし。点数が良かろうが悪かろうが、俺の価値なんか変わんない。じゃあなんで勉強するんだろうって」
相談者は顔を上げる。遥の目はどこか遠くを見ていた。
「でも……それでも俺、やめなかった」
「なんでですか」
遥は少し笑った。けれどその笑みは、疲れがにじんでいた。
「理由なんて大したことじゃない。勉強してる間だけは、殴られたり笑われたりしてなくて済む。問題を解いてるときだけは、誰も口出しできないから」
相談者は息を呑んだ。
「……逃げ場所、みたいな」
「そう。俺にとっては、それが勉強だった」
遥は机に肘をつき、相談者を見据えた。
「たぶん、人によって意味は違うんだと思う。将来のためにやるやつもいるし、親を黙らせるためにやるやつもいる。ただ……自分なりの意味を見つけられたら、少しは楽になる」
相談者はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「……俺は、親に何も言われないようにしたくてやってるのかもしれない」
「それで十分だよ」
遥は短く答えた。
「理由が立派じゃなくても、生き残るためなら正解だろ」
夕陽が窓の外で沈みかけていた。
相談者は俯きながら、少しだけ表情を緩めた。
「……ちょっと、気が楽になりました」
遥はペンを指に挟んだまま、黙って頷いた。
――勉強の意味なんて、誰も正しく答えられない。けれど”生きるための口実”になるなら、それだけで価値がある。
遥はそう思った。