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喉の渇きで目を開けると、わたしは私室にいたはずなのに、夫婦の寝室のベットで寝ていた。
夜明け直前らしく、窓の向こうは少しだけ明るくなり始めている。
(良かった。まだ仕事に間に合う時間だわ。寝坊した訳でもなさそうね。胃も落ち着いたようだし仕事に行けそう)
広いベットでは隣でセドリック様が静かな寝息を立てて寝ておられた。
側まで近寄って、起こさないようにそっと顔を覗き込んだ。
(セドリック様、昨夜は本当にありがとうございました)
いまは纏められていない無造作なセドリック様の黒髪を触ってみたくなって、自分の指先にセドリック様の髪を絡める。
髪に触れると無性にセドリック様の頭を撫でたくなって、頭をそっと撫でた。
セドリック様は昨晩のわたしの介抱で相当お疲れになったのか、深く眠っておられるようで微動だにしない。
わたしは一生懸命に背中をさすってくれるセドリック様の大きな温かい手にとても安心できた。
無条件に安心してひとに身を任せたのは初めてだったし、無防備な姿を他人に曝(さら)け出したのも初めてだった。
セドリック様は嘔吐しているわたしを無条件で受け入れて介抱してくださったが、情けない姿をお見せしてしまったので、幻滅はされていないだろうか。
早くセドリック様に直接、お礼を言いたい。
屋敷用の服のまま寝てしまったので、服がシワシワで大変なことになっているのでなんとかしなければ。
ついでに出勤の準備もしようとベットから立ち上がり、鏡に映る自分の唇を見て思い出した。
昨夜、セドリック様に口移しで水分をもらっていたよね?
何度も何度も?
鏡に映る自分の唇を触って見る。
セドリック様の温かい柔らかい唇が何度も何度も押し当てられた感覚が甦る。
あまりもの苦しさに朦朧としていたからよく覚えていないけど、唇の感触はしっかりと覚えている。
昨夜、なにが起こったのかを認識して一気に目が覚めて、全身が熱を持った。
シェリーが目を覚まし、俺に近寄ってきた時に俺も目が覚めたが、近寄ってきたことに驚き、寝ているフリをした。
まさか、あんなに優しく俺の髪を触り、頭を撫でてくれるなんて。
まるで愛おしいものに触れるように。
目を閉じていたから、シェリーの表情までは見られなかったのが残念でならない。
あの時は目が覚めたことを悟られないように、微動だにしないことに全集中していたんだ。
昨夜は俺に身を任せてくれて、俺を頼ってくれたことがうれしかった。
柔らかい身体を震わせながら、俺の腕に縋るシェリーはものすごく可愛いかった。
もう無防備に他の男に触られるなよ。
シェリーはプジョル殿が好きなのか?
頰を無防備にプジョル殿に触らせて。
(今回、俺が触れて「消毒」したけど)
この間、聞いていた残業時間よりも随分と遅いから心配になって儀典室までシェリーを迎えに行ったら、プジョル殿に頬を触れられているところを見てしまった。
シェリーはなにがなんだかわかっていない様子だったが、俺はシェリーに触れたくなるプジョル殿の気持ちがよくわかるし、俺は激しく嫉妬してしまった。
頭が可笑しくなりそうだったって言ったら、俺に同情であっても心をくれる?
デートの時でもプジョル殿が現れた時は、俺に見せたことがない安心しきった表情をして笑うシェリーを見て、必死に嫉妬心を抑えた。
いまの俺にはあんな表情をシェリーにさせることはできない。
シェリーがベットから出ていき、いまだシーツに残るシェリーの温もりの残滓を、思いの丈のまま抱きしめた。
︎⭐︎⭐︎⭐︎
「シェリー、まだだめだ。今日は仕事を休んで寝ていなさい」
「これぐらいなら、全然平気です」
「まだ微熱があるだろう」
「微熱ぐらいなんともありません。仕事を愛するセドリック様ならセドリック様も同じようなことがあったら出勤されますよね!」
出勤直前。
今朝は飲み物以外は口に出来なかったシェリーが俺の目を盗んで出勤しようとする。
うむ。鋭い。
少し前の俺だったら、シェリーの言うとおり間違いなく迷うことなく出勤していたな。
いまの俺は、シェリーが看病してくれると言うなら、迷うことなく休むんだけど。
俺の奥さんは、本当に仕事が1番だ。
仕事一筋。
俺はシェリーの仕事にも嫉妬してしまいそうだ。
仕事に向ける気持ちの1割でもその情熱を俺に向けてくれ。
まだ微熱があるのに出勤すると言って聞かないシェリーはなかなか手強い。
エムアルとリオは何故かしら微笑ましそうに俺たちのやり取りを見ている。
「シェリー、ちょっとおいで」
俺はそう言うと、不意にシェリーの腰を抱いた。
「えっ?」
まだ熱っぽいシェリーの額にキスをする。
シェリーは不意を突かれて、呆然としている。
俺の勝ちだな。
「儀典室には俺から休むと伝えておく」
「う…うん」
全く。俺が愛してるのはシェリー。
仕事よりも愛している。そう伝えたよね。
離婚されちゃうから面と向かっては言えないのが辛いな。