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朝食後、のんびりとした時間を二人で過ごしているうちに時計の針は十時を告げた。
「さて、そろそろ始めましょうか」
シスさんは座っていたソファーから立ち上がると一階に移動し始めた。そんな彼に続き、私の肩に乗るララと共に降りて行く。シェアハウスの出入り口のすぐ隣にあるシスさんの事務室に入ると、彼に促されて私は昨日と同じ椅子に座った。
慣れた流れでララは出窓に置かれているクッションの上でゴロンと寛ぐ。どうやらシスさんは昨日から窓の側にクッションを干しっぱなしにしたまま忘れていたみたいだ。そのおかげでララが休める場所がある事はとてもありがたいのだが、いつまでも気が付かないままでいてくれるかがちょっと心配だ。
(まぁ、クッションがなきゃ無いで、ララならどうとでもするんだろうけど)
そんな事を考えていると、急に目の前の空間に縦一直線の亀裂が入り、その中からシスさんが大きな黒板を引っ張り出してきた。勝手なイメージでしかないかもしれないが、学校なんかで使いそうな程に大きな物だ。どうして彼がこんな物まで所有しているのか不思議でならない。
「では早速始めましょう」と言い、シスさんがぱんっと軽く両手を合わせると、ラフな格好だった彼の服装が一瞬にして紺色の礼装姿になった。筋肉質なスタイルだとわかるのに上品さもあるラインと星屑を散りばめた様な色合いのタイがとてもよく似合っている。そして最後に、彼は何故か上に白衣を羽織った。
(シスさんは形から入るタイプなのかな?)
そんな事を思いつつ、自然とニヤけてしまいそうな口元を軽く押さえる。いかにも『先生』っぽい格好が似合い過ぎていてどう反応していいのかとても困った。ただでさえシスさんに惹かれ始めてしまっているというのに、こんな可愛い一面を見せられては、私が更に魅せられてしまっても不可抗力だろう。わざとな訳が無いのに心の中で責めてしまいたくなる。雇用主に惚れるなど言語道断だとわかっているから、これ以上心を動かされたくはないのに。
「カーネは確か、魔法は独学だと言っていましたよね?」
「は、はい。魔術書の類が私の周囲には無かったので」
そもそも、自分が魔法を使える事に気が付いたのは偶然だった。 姉の嫌がらせのせいで腕に怪我をしたのに当然治療なんかして貰えず、一人で耐えている時に運良くちょっとだけ治療出来たのがきっかけだ。最初は気のせいかな?程度だったものが回数を重ねる毎に意図的に扱える様になり、次第に治療魔法を扱えるまでに。それからは徐々に生活魔法のコツも掴んでいき、そのおかげで生活の質が一気に向上した。本当に魔法様々である。
「本来なら魔法の歴史などから語るべきなんでしょうが、その辺に関しては詳しく書かれている本を後日用意しておきます。テストをする訳でもなし、長々と解説付きで語るよりはその方がいいでしょう」
「ありがとうございます」
一度咳払いをし、シスさんが話を始める。
「では、基礎知識から始めましょうか」
「お願いします」
「まず、魔法は魂の持つ力を原動力としています。それは人それぞれ個体差が大きく、魔法を学ぶ時は自分の扱える魔力量の限界値を知る事から始めるんですが……」まで言って、シスさんがじっと私を見つめてきた。長い前髪でほとんど隠れてしまっているが、真剣な眼差しを向けられると心臓がドキドキしてくる。
「貴女にはその必要はないですね。次行きましょう!」
あまりに軽いノリなもんだから、「——え?」と最初は少し動揺したが、ララが『人並み以上に扱える』と話していた事を思い出し、「は、はい」と返事をしておいた。
「『言葉』には力があります。それを利用したものが『呪文』です」と言いながらシスさんが黒板に文字を書き始めた。
「『呪文』はそれそのものに魔法を発動させる力が宿っています。魔法を習い始めた者達は魔力のコントロールが上手く出来ないので、『呪文』を利用して魔力を引き出し、安定させます。『呪文』の扱いに慣れてくると、今度はマジックアイテムである『杖』と『魔法陣』の扱い方を学ぶ事になります。『杖』には体内から魔力を効率よく引き出す効果があり、上質な物程効果が高いです。『魔法陣』には効果範囲の拡大や効果の増幅、時間延長などの役割があります。これを上手く活用すると、魔力量の個人差をほぼ埋める事が可能となります。『魔法陣』に加え、『術式』を併用すると、術者がその場に居なくても魔法を発動させる事も可能になります。それを活用した物の一例が眼鏡の様な『マジックアイテム』です」
キーとなる言葉を全て綺麗な文字で黒板に書き出してくれる。性格のよく出たその文字は印刷されたみたいにとても整っていた。
「『術式』に関しては話し始めると長くなるので、これは今回は省きますね」
「はい」と返すと、「『術式』以外に関してはわかりましたか?」とシスさんが確認してくれた。頷きのみで返すと、彼は一呼吸置いて話を続ける。
「魔力を扱う者は、基本的にこの『呪文』『杖』『魔法陣』の三つを駆使して魔法を扱うのですが、それらには全て欠点があります。『呪文』は口を塞がれたら扱えません。もし唱えられても、攻撃されて中断したらやり直しです。『杖』は奪われてしまうかもしれないし、壊れてしまうかもしれない。『魔法陣』はそもそも描き上げるのに時間が掛かります」
「確かにそうですね」
「なので、魔法使いの最終目標は『無詠唱で、道具も使わず、即座に魔法を発動させる』となります」
「……なるほど」と頷いてから、『あれ?』と不思議に思った。
「気が付いたみたいですね」と言い、シスさんが優しく微笑んだ。
「カーネさんはもう魔法使いの最終目標段階に達しています。これは、独学でしか勉強していない者が魔法学院の卒業試験に首席で合格するに近い程の難易度です。何一つ『呪文』を知らずに魔法を扱うのは、そのくらいすごい事なんですよ」
そう言って、シスさんは私の頭を優しく撫でてくれた。彼の背後に見える大きな尻尾が嬉しそうに揺れている。
「『呪文』を今から覚える必要はありませんが、知っていて損はないのでそちらは魔導書をお貸ししましょう」
「いいんですか?ありがとうございます」
シスさんは私の欲しいものを何だって与えてくれる。ここまでしてもらってもいいのだろうかと思う気持ちもあるが、それよりも嬉しさの方が優ってしまう。
「魔法を扱うには高い集中力が必要です。今後カーネがするべき事は集中力の向上ですね。訓練をしていけば魔法の精度が格段に上がりますよ」
(なるほど、魔法は集中力が必要、か)
五歳の時に顔を大火傷した時には魔力が発現しなかったのも納得である。激痛があまりに酷く、それどころではなかったからか。