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 着替えを済ませ、葵は部屋へと戻ってきた。そして、先程と同じようにローテーブルの対面に座り込む。それだけなのに、僕の胸の鼓動は一気に早くなった。


 そしてそれから、僕も葵も少しの間、下を向いたまま言葉を発することはしなかった。いや、できなかった。


 お互いがお互いの、今まで心の奥底にひっそりと隠してきた『好き』という感情を曝け出したことで存在自体を意識するようになってしまったから。


 たぶん、僕も葵もまだ分かっていないんだ。恋人同士としての距離の取り方を。


「――ねえ、憂くん。私、なんか変わったかな?」


 開いた教科書に視線を落としたまま、葵はそう訊いてきた。頬を紅色に染め、微笑みを浮かべながら。


「どうしたの、いきなり」


「んとね。この前までは憂くんのことをからかったり意地悪なことを普通に言えてたのに、急にそういうことができなくなっちゃって」


 葵は続ける。今の自分の心の中を裸にし、それを僕に見せるかのようにして。


「憂くんのことを見てるだけで……ううん、違う。今ここに一緒にいるだけで、すっごくドキドキしちゃうの」


 葵は左の胸にそっと手を当てた。


「そっか、なんか嬉しいな。僕も同じなんだ。あの日の夜から、ずっと夢の中を歩いてるみたいでさ。きっと、葵と恋人同士になれたからだろうね。ずっと、僕の片想いだと思ってたから」


「そう、なんだ――」


 そう言って、葵はさっきまでよりもずっと魅力的な微笑みを浮かべた。その面持ちに、僕はまた魅了されてしまった。


 そして、僕も不器用にはにかんだ。だって、葵があまりに幸せそうだったから。


「うん、そう。変わったのは僕も同じだよ。葵だけじゃない。だから安心して」


 葵はこくりと頷いた。


『幼馴染』から『恋人』という名の関係に変わっただけなのに、その変化は部屋の空気すらをも変えてしまった。


 優しくも感じるし、不安にも感じる空気。矛盾しているようだけど、事実なんだから仕方がない。


「ねえ葵。こっち向いて」


「え? うん、分かっ……あはははっ!! なーにその顔ー!」


 あまりに面白かったのか、葵はお腹を抱えながら笑い転げてしまった。それはそれは、楽しそうに。


「ちょっと待って憂くん! ほ、本当に無理! 早くその顔やめ……あはははっ!! わ、笑いすぎてお腹が痛い」


 葵がどうしてこんなにも笑い転げているのかというと、僕が両手で目の下を引っ張って、ひょっとこのように口を尖らせて変顔をして見せたからに他ならない。


 でも、良かった。これまで幾度となく見てきた葵の笑顔に戻って。照れたり恥ずかしがったりして浮かべる微笑みも好きだけど、やっぱり葵には太陽みたいなこの笑顔が一番似合ってるよ。


「ひーーっっ!! わ、笑い死ぬかと思った。ズルいよー、いきなり変顔なんて」


「いきなりじゃないと意味ないじゃん。どう? これで期末テストの勉強できそう?」


「勉強かあ。そうだよね、しなきゃ駄目だよね。でも、ちょっと待っててね。ねえ憂くん。さっきの顔もう一回やって。スマホで撮るから」


「うん。それはやめてね」


 *   *   *


 それから――葵は期末テストに向けて勉強を始めた。珍しいことに、『人生のお勉強』をすることなく。


 まあ、あれは『人生のお勉強』でもあり、『恋愛のお勉強』でもあったんだろう。だからこそ、今の葵は勉強に集中しているんだ。


 自分の恋を実らせることができたから。


 だけど、一度シャープペンシルを走らせる手を止めて、葵は僕に言葉を投げかけた。視線は教科書に落としたままで。


「――ねえ憂くん。私のこと、好き?」


「え? またどうしたのいきなり。そうに決まってるじゃん」


「だって……そういえばあの時さ。私も憂くんも、『好き』って一言も言ってなかったなって。だから……」


「あ……」


 あの日のことを思い出す。花火の下でキスはしたけど、お互いに『好き』という言葉は確かに一切口にしていなかった。


 気持ちは伝えたつもりだった。けれど、言葉にしていないからこそ、葵は不安なんだ。


 僕は葵を見やった。彼女の瞳の奥には、やっぱり小さな不安のそれが隠れていた。


 伝えよう。言葉にして、しっかりと。改めて、葵に対して抱いている僕の気持ちを。


 結局、僕は怖かったんだ。言葉にした途端、それが壊れてしまうんじゃないかと。終わってしまうんじゃないかと。そう、思ってたんだ。


 でも、言う。言葉にする。


 壊れる? そんなわけがないじゃないか。


 幼馴染で、ずっとずっと長い間重ねてきた感情は、そう簡単に壊れたりはしない。恋が人を強くさせるなら、僕の気持ちも同じはずだ。


「――好きだよ、葵」


 教科書から目線を上げて、僕を見た。


 別に意識していたわけじゃない。なのに、さっきの不器用なはにかみではなく、自然と浮かべた微笑みと共に、言葉に気持ちを乗せて葵に贈った。


 そして、僕は言葉を紡ぎ続ける。


「ずっと好きだったんだ、葵のことが。でも、勇気が出なくてさ。言えなかったんだ。だけど、今なら言える」


 葵は、僕のことを笑顔で見つめてくれていた。まるで、これからもらえるお誕生日プレゼントを心待ちにしている子供のような顔をして。


「僕は葵のことが大好きなんだ。恋をしてるんだ。葵は、僕にとってかけがえのない存在なんだ。それを、僕は絶対に失いたくない」


 葵は顔を赤くして、また視線を下げた。でも、瞳の中にあった不安は消えて、希望や光に満ち溢れていた。


「……そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃん」


「じゃあ、もっと僕を好きになってよ」


「い、いいの? 私、いつか我慢できなくなっちゃうかもしれないよ?」


「うん、それでいいよ。全てを受け止めてあげるから。恋人として。一人の男として。そしたら僕は、もっと強くなれる。勇気をもらえる。絶対に、葵を支えていけるくらいの人間になってみせる」


 だから――


「え? ゆ、憂くん?」


 気付いた時には、僕は葵に近付き、自然と腕を伸ばして彼女を抱き寄せていた。


 その瞬間、葵の体の小ささに息を呑んだ。


 だから僕は壊れないように優しく、そっと彼女を抱きしめた。


 すると葵も腕を伸ばして優しく僕のことを抱きしめ返してくれた。


 お互いの体温が伝わる。鼓動が重なる。


 そして、心の距離を近くに感じる。


「憂くんの体、温かい」


 葵はそっと目を閉じる。より、僕の体温を感じようとするかのようにして。


「――ねぇ、憂くん。今度は、私の方から好きって言わせて」


「いいよ。何度でも言って」


「ありがとう。憂くん。大好きだよ」


 小さな声で囁くその響きが、僕の胸に刻まれた。


 今はもう、言葉はいらない。


 お互いに抱きしめ合うことで、『好き』という名の感情が流れ込むようにして伝わってきたから。



『第19話 言葉の体温』

 終わり

幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる 〜ネガティブ男子がポジティブな美少女幼馴染を振り向か

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この物語私大好きですっ! これからもがんばってくださいっ!!!

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