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えれめんたる
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それから数日後の平日
部長に感謝され、ナズナからはデートの誘い。
人生の絶頂とは、こういうことを言うのだろう。
これまでの俺の人生がいかに「無駄足」だったか、ルートQが証明してくれている。
『現在地より、徒歩5分。公園の入り口に14時02分に到着しなさい』
昼休み、俺はアプリの指示に従って公園へ向かった。
春の柔らかな日差しが降り注ぐ、のどかな場所だ。
ベンチには鳩に餌をやる老人が一人。
平和そのものの光景。
だが、スマホが震えた。
『指示:老人が立ち上がった瞬間、足を引っかけなさい』
心臓が跳ねた。
「……は?」
画面を二度見する。
書き間違いじゃない。
黒い文字が冷徹に命じている。
『拒否した場合、これまでの幸運はすべて「無効」となります』
無効。
ナズナの笑顔が消え、部長の信頼が消え、またあの暗い部屋でカップ麺を啜る毎日に戻る。
そんなのは、死ぬより御免だ。
老人がよろよろと立ち上がった。
俺は無意識に足を出していた。
「おっと……! どわっ!」
鈍い音、老人が派手に転倒する。
手に持っていた古いカバンが弾け飛び、中身が散らばった。
俺は血の気が引くのを感じながら、「すみません!」と駆け寄るふりをした。
「大丈夫ですか!? 足が滑ってしまって……」
老人は痛みに顔を歪めながら、散らばった荷物を集めようとしている。
その時、足元に一枚の青い紙が滑り込んできた。
『指示:その紙を拾い、立ち去りなさい』
それは、今日が期限の超人気アイドルのプラチナチケットだった。
そのとき、ふと思い出した。
ナズナがつい先日SNSで「どうしても行きたかった」と呟いていた、あの公演の。
老人は目を細め、地面を探っている。
「あ、あの……青い封筒が見当たらないんじゃが……」
俺は、そのチケットを素早くポケットにねじ込んだ。
指先が震えている。罪悪感が喉元までせり上がってくる。
だが、その瞬間にスマホが歓喜の音を鳴らした。
『幸福度、大幅上昇。おめでとうございます!ナズナさんとの親密度が「運命」レベルに到達しました』
画面に表示された文字が、キラキラと輝いている。
転んだ老人は、まだ地面を這いずって大切なチケットを探していた。
俺を信じ切ったような、申し訳なさそうな顔で。
「……あ、あの、見つからないみたいですね。俺、急いでるんで」
俺は老人の視線を振り切るように、背を向けて走り出した。
一度も後ろを振り返らなかった。
ポケットの中のチケットが、じわりと熱を帯びている気がした。
それは、誰かの絶望を燃料にして燃える、俺だけの「幸運」だった。
ふと画面を見ると、新しい通知が届いている。
『次のステップ:障害物の排除。対象──隣人』
指示は、少しずつ、確実にその「鋭利さ」を増していた。