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えれめんたる
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チケットを渡した夜、ナズナは泣いて喜んでくれた。
「健二くん、どうして……。これ、どこも完売で諦めてたのに!」
潤んだ瞳で俺を見つめる彼女を抱き寄せながら
俺の頭の片隅には、あの公園で地面を這いつくばっていた老人の姿がこびりついて離れなかった。
けれど、ナズナの体温がその罪悪感を溶かしていく。
「……喜んでくれてよかったよ」
嘘じゃない。
俺は彼女を幸せにしている。
そのためには、ほんの少しの「コスト」が必要なだけだ。
翌朝
自宅のボロアパートで目を覚ますと、スマホが枕元で重く振動した。
『ルート更新。目標:居住環境の最適化』
画面には、俺の部屋のすぐ隣──302号室の間取り図が表示されている。
住んでいるのは、昼夜問わず大音量でゲームに耽り、壁を叩いてくるガラの悪い男だ。
こいつのせいで、俺は何度も寝不足になり、美咲を部屋に呼ぶことすら躊躇していた。
『指示:出勤前、302号室の郵便ポストに用意した「生ゴミ」を投入しなさい』
指示に従い、昨日わざと放置して異臭を放ち始めた生ゴミの袋を手に取る。
心臓が嫌なリズムで跳ねる。
だが、もう慣れっこだ。
「これは、俺たちの幸せのためだ」
自分に言い聞かせ、ポストの隙間に真っ黒な液体が滴る袋をねじ込んだ。
◆◇◆◇
その日の夜
会社から帰ると、アパートの前にはパトカーが止まっていた。
野次馬の間を通り抜けようとすると
302号室の男が警察官に取り押さえられ、狂ったように叫んでいるのが見えた。
「誰だ!誰がやりやがった! 殺してやる、出てこい!」
聞けば、ポストに入れられた生ゴミに男が激昂し、無関係な階下の住人をバットで襲ったらしい。
現行犯逮捕。
当然、強制退去だ。
部屋に入り、静寂を取り戻した壁に耳を寄せる。
あんなに不快だった隣人の気配が、完全に消えていた。
スマホが震える。
『おめでとうございます!騒音源の排除に成功しました。これにより、当該エリアの地価上昇および、あなたの精神安定度が20%向上します』
画面をスクロールすると、さらに信じられない通知が続いていた。
『追記:空室となった302号室は、来月、ナズナさんが「偶然」内見に訪れるルートに設定されました。同棲への最短経路を確定しますか?』
「……ナズナが、隣に?」
鳥肌が立った。
隣人を破滅させ、警察沙汰にし、その空いた枠に愛する人を嵌め込む。
パズルを解くような手鮮やかさ。
だが、そのパズルのピースは、血と泥に塗れている。
俺は震える指で「確定」をタップした。
もう、戻れない。
俺が「幸せ」になればなるほど、誰かが壊れていく。
だが、その「誰か」が俺じゃないのなら───それでいいじゃないか。
画面の奥で、ルートQのアイコンが、深紅の瞳のように妖しく明滅した。
【次の指示:ナズナを独占するため、彼女の「過去」を清算しなさい】