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「部長とお仕事させてもらって、やりがいがありますし。ですが、総務部も人手が足りないですし、私自身も――」

「――うん! わかった」

柳田さん同様、俺も仕事のデキる男だ。

最後まで聞かなくても、彼女の言わんとすることはわかる。

「しつこくってごめん」

「いえっ! そんな。ありがたいです。その、私なんかでもお役に立てることがあって」

「役に立つなんてもんじゃないから! ホント、もう、俺の方こそ柳田さんに拝みたいくらいだよっ」

「そ、そんな……。大袈裟です……」

彼女がはにかみながら視線を落とす。

ムキになり過ぎたとハッとして、俺は唇を噛んだ。鼻から思いっきり酸素を取り込んで、喉を鳴らして飲み込んだ。

「ホントに感謝してるんだ。ありがとう」

「そう言っていただけて、嬉しいです」

肩を竦めてそう言った彼女がどんな表情をしているのか、気になった。

腰をかがめて、覗き込む。

自分でもギョッとするほどの近さで、レンズの奥の瞳と視線が交わる。

彼女も驚いて目を見開いた時、その瞳の色に吸い込まれそうな感覚に落ちた。

よくよく見なければわからないが、中心は薄いブラウンで、外にいくにつれて深い緑のような碧のような輝きに変化する。

「不思議な――」

柳田さんがハッとして顔を背ける。

これ以上は失礼だと、俺は腰を伸ばした。

「綺麗な目の色だね? カラーコンタクト……じゃないよね」

カラーコンタクトをして、それを隠すように眼鏡をかけるはずがない。

「嫌い……なんです、この

「なんで?」

「この真っ黒な髪とは不釣り合いで――」

柳田さんが、項垂れて、肩から胸にかけて垂れる三つ編みを握って言った。

「――嫌いなんです」

なんだか、柳田さんが小さな女の子に見えた。

歯を食いしばっているのでは、心配になる。

「俺は不釣り合いだなんて思わないけど、自分のコンプレックスは他人の価値観とは違う次元のものだよね」

三つ編みの、彼女が握る先をすくうように掌に載せた。

軽くて柔らかい。

「髪も瞳も綺麗で、不釣り合いだなんて思わないよ」

「そんな……こと――」

「――セクハラだって訴えられる心配がないなら、ずっと触っていたいくらい」

柳田さんが少しだけ顔を上げた。

おでこと眼鏡のフレームのすき間から、長い睫毛と、その奥のブラウンにもグリーンにもブルーにも見える瞳が覗く。

ライトがレンズに乱反射し、瞳が揺れて見える。

「あ……の」

キュッと瞼が瞳を覆い隠し、彼女のか細い声にハッとした。

吸い込まれそう、とは思ったが、実際に吸い込まれていたようだ。

気づけば、鼻が触れそうな至近距離。

「ごめん!」

咄嗟に大きく仰け反ると、椅子のキャスターが動いてバランスを崩す。咄嗟に机に手をついて、事なきを得た。が、無意識とはいえ、彼女の三つ編みに触れていた手に力が入ってしまい、今度は柳田さんが前のめりにバランスを崩した。

「わ、わわっ!」

「あぶな――」

ガタンッ! と椅子が音をたてて横倒しになる。

結局二人して椅子から落ちた。

彼女を支えきれず、俺は尻もちをついたが。柳田さんが顔面から床にダイブするのは防ぐことが出来た。

「って……」

思わず瞑っていた目を開けると、柳田さんのつむじが見えた。それから、うなじ。

「大丈夫!?」

「はい……」

白いうなじに、艶のある黒髪。柔らかそうな耳朶。俺の足の間に納まる身体。

彼女に怪我がないかを聞くより、腕の中の柔らかい温もりに意識が集中してしまう。

抱きしめたい、と思った。

そうしようと、した。

床についていた手が宙をきった時、視線を感じた。

ハッとして顔を上げると、正面に谷が立っていた。

いつから見ていたのか、あからさまに楽しそうな表情。

「おまっ――」

柳田さんが身体を起こし、振り返る。

「覗く気はなかったんだけどな?」と、谷が近づいてくる。

「さすがにここではまずくないか?」

「ばかっ! なに勘ぐって――」

「――大丈夫?」

谷が腰を曲げ、柳田さんに手を差し出す。

柳田さんの表情は見えないが、谷の手を取るのかと息を飲んだ。

嫌だ、と思った。

柳田さんが他の男の手に触れるのは、嫌だと。

「大丈夫です」

彼女はそう言うと、谷の手を取らずに、立ち上がった。

谷は少し意外そうに柳田さんを見て、差し出した手で倒れた椅子を起こした。

俺も立ち上がって、自分の椅子を起こす。

「柳田さん、大丈夫だった?」

「はい、大丈夫です。部長は大丈夫ですか? すみません、庇ってもらってしまって」

いつもの口調に聞こえて、どこか硬いというか冷たい声色。

柳田さんは俺に背を向け、谷を見た。

三つ編みが真っ直ぐ彼女の背に線を引く。

「総務部の柳田と申します」と、谷にお辞儀をする。

「あ、営業部の谷です」と、谷もつられて名乗る。

「誤解のないように申し上げますが、先ほどの私と是枝部長の体勢は、転びそうになった私を部長が庇ってくださった結果で、決して職場において不適切な接触などではありません。いつも大変お世話になっております是枝部長の名誉に傷がつくような誤解や吹聴は――」

「――ストップ! 柳田さん、大丈夫だから」

谷が柳田さんを見つめてフリーズしている。

俺は、彼女の隣に立った。

一気に捲し立てた柳田さんは、肩を上下させながらも、真剣な表情。

「柳田さん、谷は俺の同期で友人だから、いたずらに噂を立てたりしないよ」

ちらっと横目で俺を見て、すぐに谷に視線を戻す。

「そうとは知らず、失礼いたしました」と、丁寧にお辞儀する。

「えっ? いや、そんな――」

「――柳田さん。俺を庇ってくれるのは嬉しいけど、この場合は自分の名誉を守ろうか」

すごく、すごく驚いた表情かおが俺に向けられる。

見る見る間にその顔が赤くなっていく。

柳田さんが必要以上に畏まった態度や口調になるのは、緊張している時だ。

今、緊張しているのはきっと、谷に対してではなく、俺との距離が近かったせいだと思う。

「咄嗟のこととはいえ、身体に触れてしまってすみませんでした。今後、気をつけますので、セクハラで訴えるのは勘弁してください」

ペコッと頭を下げる。

「そっ、そんなっ! 訴えるだなんて滅相もない! 私の方こそ、不注意で部長のお体に傷でもつけてしまっては、業務に大きな支障をきたし――」

「――ぷっ! ……ははっ! あはは!」

突然、谷が吹き出して笑いだす。

「珍しく是枝が女性と親しそうだと思ったら、全然相手にされてねーとか……」

「谷! 余計なこと言うな!!」

「だって、お前――」

手で口を塞いで声を殺す谷を、柳田さんが目を丸くして見ている。

俺は大きなため息をついた。

「柳田さん、今日はもう帰ろうか」

彼女は戸惑いながらも、小さく頷いた。

【コミカライズ原作】キミの瞳に魅せられて〜恋を知らないモテ上司が、地味で孤独な部下を溺愛〜

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