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「アルベド?」
私は、思わずその名前を口にしてしまった。しかし、よく見ると、彼の綺麗な紅蓮色のポニーテールではなく、彼よりか幾らも短い髪の男性がそこにいた。男性は、アルベドの名前を聞いて、聞かないでか首を傾げて、私を見つめていた。
私は取り敢えずその男性の手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとう、ございます」
「大丈夫? 凄く慌ててたみたいだけど」
と、男性は優しい声色で尋ねてきた。
慌てていたといえば、慌てていたしでも、迷子だなんて恥ずかしくて口に出来なかった。
そんんあふうに口ごもっていると男性は、私の考えていることを言い当てるようにもしかして迷子? と尋ねてきた。
「えっ、え……どうして」
「だって、あたりを見渡していたからね。迷子かと思って」
そう男性はふわっと笑うと私を落ち着かせるようにその笑顔のまま私を見つめてきた。男性のくすんだ満月の瞳を見て、ますますアルベドを連想してしまう。関わりはないだろうけど、それでもあの紅蓮が頭の中をちらつくのは何でだろうか。
(でも、何か笑顔が胡散臭いというか)
アルベドの嘲笑的な笑みと比べれば幾らかマシに見えたが、ブライトのような何処か作り物っぽさが彼の笑顔にはあった。それは、無理して笑顔を作っているというよりかは、その偽物笑顔を貼り付けるのが当たり前になっているような、わざとそうしているようにも見えて、何故か私は彼を警戒してしまう。
でも、初対面の人にて対して、それはあまりに失礼ではないかと思うところもある。私からぶつかってしまったわけで、それでも手を差し伸べてくれて大丈夫かと利いてくれた人が悪い人な訳はなかった。ただ、どうしても引っかかる部分があって。
そんな風に男性を見ていると、男性は少し困ったような表情を浮べて私を見た。
「どうしたの? もしかして、迷子になって不安とか?」
「い、いえ……ま、まあ不安ですけど、その内あっちも探しに来ると思うので、心配は……」
「そう。それならいいけど、てっきり俺の事が怖いのかと思った」
「へ……?」
そうにこりと笑って男性は悪気泣く私を見る。心の中を見透かされるような、穴を開けて覗かれるような嫌な感じがして背筋に冷たい物が走る。まるで、背中にナイフの先を当てられているような感覚。
(何これ、何で?)
男性からは微塵も悪意を感じないのに、身体が強ばってしまっているのだ。
何故男性が、自分が怖いのかと聞いてきたのか、また迷子だと分かったのかとか分からないことだらけだったが、あまりこの人と関わるのはいけないと思った。
「もしよかったら、俺も君の友人を探すの手伝うよ?」
「い、いえ、その、大丈夫です」
「どうして? 君、見た感じ、貴族のご令嬢みたいじゃないか。なのに、一人でこんな所にいて、護衛もなしで……危ないと思わないのかい?」
「そ、それは……」
男性は、外堀を埋めるように私にそう言った。
やはり、何も言わない状態だと私は貴族のご令嬢に見えるのかと。でもこんなおてんばなご令嬢がいていいのかとも思ってしまう。もっと、貴族と言ったらお淑やかで清楚だと私の中ではイメージしているから。まあ、闇魔法の人達がどうかはしらない。私の知る貴族の一人は、口も悪けりゃ、素行も悪い人だから。
そんなことを考えていると、男性はポンと私の肩に手を置いた。
「ひっ」
「あっ、ごめん。いきなり……吃驚させちゃったよね」
「だ、大丈夫です。その、触られるのに慣れていなくて」
「そうなんだ。君可愛いからきっと狙っている男性も多いと思うよ」
「そんなことないですし、あり得ません」
と、私が返してやれば、彼はきょとんとした表情で私を見つめてきた。
私がモテるとかあり得ない。モテるなら、どちらかと言えばトワイライトだろう。あの子だったらきっとモテるだろうし、この乙女ゲームはヒロインなら逆ハーを狙うことが出来る。エトワールは無理だけど。
男性は何かを少し考えるような仕草をした後、ふと思い出したかのように指を鳴らした。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は、ヴィ」
「ヴィ?」
「まあ、愛称みたいなものかな。深く考えないで。その、自分の名前が嫌いなんだ」
「そ、そうなの……」
「それで、君の名前は?」
と、ヴィと名乗る男性は私に聞いてきた。
ここで、本名を言って良いのか、それとも隠した方がいいのかと選択肢が二つ現われる。でも、きっとこの人には嘘は通じないだろうし、後から突っ込まれても面倒だと。そもそもに、もう二度と会うかも知れないのだから本名でいいやと私は口を開く。
「エトワール……」
「エトワール?」
「うん、それが、私の名前」
「エトワール、エトワールか。そうか、君にぴったりな星のような名前だね」
そう言って、ヴィは私の髪をすくってキスを落とした。
いきなりそんな事をされて、私の身体は大きく跳ね上がる。恥ずかしさ、驚きと言うより、銃口を突きつけられたかのような冷たい物。
(さっきから、何なの? この人、悪い人には見えないのに)
見た目じゃ分からないけれど、全然心が読めないと思った。心の声が聞えるように先ほど設定したが、全くと言って読めない。何も考えていないのか、聞えないほど深くで物事を考えているのか。だとしたら、そんな腹の奥を探って分かってしまったら大変だと、私は心の声をオフにした。考えない方がいい。
「それで、エトワール。君の友人とは何処で別れたんだい?」
「え、えっと……宝石店の近く。一杯宝石がある」
「情報が少ないね。宝石店はこの城下町に三店舗もあるから、小さいところを合わせるともっとあるかも」
ヴィは、困ったなとでもいうように顎に手を当てて頭を悩ましていた。
どうやらヴィはこの城下町について詳しいらしい。そんな人に手伝って貰えるならすぐに見つかるかも知れないと思った。
「く、詳しいんですね」
「まあ、地形を覚えるのは得意だし、よく来るからね。色々と」
と、何処か含みのある言い方で言ったヴィは、一瞬顔が曇った気がしたがすぐにパッと明るくなり、私にもう少し思い出せることはないかと聞いてきた。私は、そこに行くまでに数量限定のクッキーがある焼き菓子店や紅茶の店をまわったことも伝えた。ヴィは、その情報を頼りに頭の中でだろうか、必死になって宝石店の場所を割り出しているらしい。
相当の記憶力の持ち主ではないかと、頭もきれるのではないかとその様子だけで思ってしまう。
「ああ、分かったかも。あの通りの宝石店だね。そこまで行けば、友人に会えそう?」
「そ、それは分からないけど、兎に角そこに行けば店の店主が色々やってくれるかも知れないし」
「まあ、貴族のご令嬢が行方不明になったらそりゃ騎士総出で探すだろうね。今も探しているかも知れない。でも、そんな気配が全くしないけど」
ヴィはそう言いながら、あたりを確認するように視線を動かした。
確かに、貴族のご令嬢が行方不明になれば大騒ぎだろう。誘拐の可能性だって考えるかも知れないし、大切に育てられたご令嬢なら尚更騎士も両親も黙っていないだろう。貴族の子供ならきっとそれぐらいはして貰えるはずだ。
でも、私は貴族のご令嬢でもなければ本物の聖女でもない。偽物聖女。この帝国の皇帝すら消えて欲しいと思っている存在だから、きっと私の護衛以外は探しに来ないだろう。トワイライトは心配しているだろうから、もしかしたら彼女の声で何十人と騎士が動いているかもしれない。いやもっとか。
どちらにしろ、探してくれていたらいいのだけれど、ミイラ取りがミイラにでもなったら大変だ。
「私、貴族のご令嬢じゃないです」
「え? でも……ああ、もしかして聖女だったりする?」
と、ヴィは気づいたとでも言うような顔で私を見てきた。しかし、すぐに自分の考えを否定する。
「でも、聖女は金髪に純白の瞳だし、エトワールは違うもんね。それに、本物の聖女がここら辺をうろついているわけないし」
「……その、本物の聖女が召喚されたって皆知っているの?」
そう聞くと、ヴィは当たり前だとでも言うように、そうだね。と笑った。でも、その目が笑っていなくて怖かった。分厚い雲がかかったような満月の瞳は、私の心の底を覗こうとしてくる。
「今度、そのパレードがあるからね。聖女歓迎の。俺はあんまりそういうの得意じゃないから見に行かないけど、この帝国の人達にとって聖女ってほんと神様みたいな物だからね」
「……そう」
彼の口から偽物聖女という言葉が出なかっただけでも幸いか。私は、俯きながらトワイライトのことを考えた。パレードが近々行われる。それは、リースの誕生日の後だろうか、前だろうか。記憶が正しければ、前な気がする。なら、二日後か3日後か。分からないけれど、私はその時聖女殿にでも籠もっていようと思った。どうせまた、偽物聖女だって目を向けられるだろうから。
「ま、俺は聖女を神聖視もしてないし、女神を信仰しているわけでもないから。それよりも、エトワールの事が心配だ。ほら、友人が探しているかも知れないだろう?」
「う、うん」
そういって、差し出された彼の手を私は取ろうとした。だが、あと一歩の所で私は手を引っ込める。
「どうしたの?」
「い、いや、男の人と手をつなぐの慣れていないので」
と、咄嗟に誤魔化した。
本当は、つなぎたくない。寧ろつなぐのは危ないのではないかと思ったからだ。ヴィを上手く誤魔化せたようで、彼はそっか。と言って歩き出した。彼がついてきてと歩き出し、私はその後を追う。
彼が進む道は路地のような所で暗くて少しにごった水の匂いがした。それは、以前アルベドが暗殺者に追われて倒れていたところのように。
「ほ、本当にこっちであっているの?」
「ショートカットするならこの道がお勧めかな。馬車とかも通ってないし、さっきみたいに人とぶつかることもないからね」
そう言ってヴィは笑っていた。どんどん、光から遠ざかっているような気がして、私は引き返そうかと思ったとき、こちらに向かって走ってくる足音が聞えた。私は、咄嗟に振返り、ふわりと甘い匂いと共に、私の妹が現われる。
「お姉様!」