テラーノベル
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教室の扉を開けた瞬間、空気が変わるのが分かった。
瞬間的に張り詰め、次の瞬間には、何もなかったように全員が“静かに敵意を持って”日常に戻る。
遥は、無意識に肩をすくめる。もう慣れているはずだった。だが、今回は少し違った。
椅子に座ると、机の上に無言の紙束が置かれていた。印刷されたアンケート用紙。上にはこう書かれていた。
《いじめの実態アンケート》
『あなたが現在、精神的・身体的に苦痛を感じているとすれば、それは誰の言動によるものだと思いますか?』
選択肢には、こう並んでいた。
A:日下部
B:遥
C:両方
D:その他(記入)
遥は手を震わせながら、それを裏返した。その裏面には、生徒たちの筆跡で記された無数の「選択肢」が書き加えられていた。
「両方。クズの二人組」
「遥が主犯。日下部は共犯」
「あいつらの目が気持ち悪い。見られるだけで怖い」
「“加害者の笑い”ってああいう顔」
「先生にも送った。これ、全員で書いた」
ぞっとするような整然さだった。蓮司の指揮の下、クラス全体が協調して、遥と日下部の人格そのものを「攻撃の対象」ではなく「排除すべき危険因子」として扱っていた。
日下部は、いつものように遥のそばに座った。だがその瞬間、
「……ああ、やっぱ共犯者同士って、そうなるんだ」
ぽつり、と女子の一人が呟く。それを合図にしたかのように、ざわめきが始まった。
「マジで怖い。あいつらってさ、見えないとこで何してるか分かんないよね」
「しかもあの目。人間の目じゃないよ」
「教師もグルじゃね?」
遥の耳の奥で、音が歪んでいく。
背中に流れる汗が冷たく、喉の奥が乾いて、何かを言おうとしても声が出ない。
日下部が何か言おうとしていた。だが、その声も遥には届かなかった。
「――どうして。俺が、こんなに、いるだけで人を傷つけてるんだ」
遥の中にある感情は、怒りでも憤りでもない。
ただ、消えてしまいたい、という願いだけだった。
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