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マッドハッター〜 ユナティカ 港町にて 〜
<クロウ>。その名前を聞いて私は、指を下ろすのをやめなかった。が、スパイキー達はその男から目を反らしそうになった。
「バカ野郎! 目を反らすな!」
「で、でも…。」
「油断させて何か飛ばしてきたらどうする! 私は助かるかもしれんが、お前たちがどうなるかわかったものじゃない。いいか、何でも私やアルマロスが助けてくれると思うな! 自分の身は自分で守れ!」
スパイキー達に厳しくしているつもりでも、叱っているつもりでもない。これは、あくまで注意を促している。
考えてみて欲しい。さっきまで誰もいなかったこの建物の影に逃げ込んだにも関わらず、いきなり背後に立っている謎の人物がいるのだ。その人物がいきなり、「貴方の知り合いの知り合いです」と声をかけてくる。怪しさしかないと思う。
「状況の一変が命取りだ。私の団に入ったからには、勝手に死んでもらっちゃあ困る。団長の命令は絶対だ。わかったか!」
「は、はいぃ!」
スパイキー達はぴしっと姿勢を正すと、<クロウ>という男性に再び視線を向けた。今度は目を反らさずに。
「おやおや、私はフレンドリーに接したつもりなのですが。」
「胡散臭い笑顔を向けるな。殺気もだ。すぐに解け、うっかり殺してしまいそうになる。」
先までにこやかだった顔が、冷たい表情に変わったのを私も、そしてスパイキー達も見逃さなかっただろう。
「流石、噂に聞くお弟子様で。」
「私を舐めるなよ、鳥公。」
スパイキー達は気づいていないと思うが、こいつが背後に立ってから背中にちくちく刺さるような殺気を感じていた。ジジイの弟子であると知りながらも殺すつもりでいたのだ。
「さて、大人しくジジイのもとに案内してもらおうか。嘘だったら、どうなるかわかるだろう?」
「…もちろんでございます。」
<クロウ>は、建物の影から出ると「こちらです。」と案内し始めた。私はスパイキー達とともに彼のあとに続いた。
「何故、寺院のガーゴイルがこんな磯臭い町にいる? 私が知る限りでは、寺院のガーゴイルはそこの僧侶達と<楽園>? ってやつを目指すと来てるが。」
私はここからでも見えるお店の一輪の巨大な花を見ながら、疑問を投げかけてみる。
「…<楽園>。私は<楽園>の道から反れ、寺院の教えから背いたので、この通り追放されたのです。」
「…なるほどな。」
「その、<楽園>? って何?」
スパイキー達は<楽園>という単語を聞いて首を傾げた。
「寺院の<楽園>って言うのは、神様のいる場所。悲しみも苦しみもないまさに理想郷って感じの場所だな。」
正確には、<楽園>という名の死後の世界。どこかの国で別の言い方があるらしいが、残念ながらそこまで詳しくはない。これを唱えている寺院は今は少ないと聞いていた。
「そして、それを信じてる寺院のガーゴイルは、本来ならその魂と僧侶の命とともに消える運命にある。それをしなかったってことは、寺院にとってそれは重罪だ。…お前、何をそんなに拒んだ?」
「…。」
スパイキー達は、私の顔と<クロウ>の背中を交互に見る。まさかのガーゴイルの結末に驚いているのと、それを拒むほどに何かをしたのかという疑問の入り混じった反応をしている。
「鳥は」
「あ?」
急に黙り込んだかと思うと、静かに口を開いた<クロウ>。私は今矛盾している。別に彼が過去に何があったとか興味はないが。何をしたかは気になる。
「鳥は、生まれてから自由になってはいけない、という決まりがありますか?」
「…生まれた場所による。始めから人間に飼われているのなら、自由にはなれない。だが、野良で生れたのならば、自由はあるだろう。」
「…つまりは、そういうことです。私は、生れてから寺院のガーゴイルであり、自由に飛ぶ羽はあっても、羽ばたけなかったのです。ならば、自力で自由になったまでです。」
「が、今はジジイの使いでいる。それでも自由と言えるのか?」
「貴方に何がわかるんです! 私が誰につこうと、私の自由なのですから。」
顔を見なくてもわかる怒りに対して、私はただ静かに冷たい視線を送るだけだった。こいつも矛盾している。人や魔物達の生き方に興味はない。いずれは、降りかかる別れがあるのを、私は知っているからだ。
しばらく歩き続けると、広々とした海辺の近くまできた。そこに一軒だけ、寂しく店が佇んでいた。
「ここです。…ようこそ、我が主のアトリエに。」
「アトリエ。」
一見、ただの宝飾工房に見えた。しかし、外見といい。建築場所といい。ジジイらしいなと思い、鼻で笑った。
カランコロン…。
アトリエへの入り口を静かに開けると、客が来たと知らせるベルが鳴り響いた。先に入ると、後から<クロウ>も入ってきた。
中には様々な宝石やアクセサリーなどがずらっと並んでいた。奥には、工具のようなものや、デザインを手掛けた羊皮紙などが置かれていた。
私が、ガラスケースに入っているアクセサリーを一つひとつじっくり観察していると、カーテンのかかった部屋から、車椅子を押す音が近づいてきていることに気づいた。
「…ようやく、ご対面だな?」
カーテンが開かれると出てきたのは、白髪と白くて長ったらしいヒゲに、ここの店においてあるエメラルドよりも輝きのある瞳を持った、車椅子に乗った老人。
私は彼の姿を見ると、帽子を整えた。
「久しぶりだな? 我が友人。お師匠様。いや、今はこう呼んだほうがいいのか? <クロッカー>。」