会社が主体になっての飲み会なんて普段は全然行かないタイプなのだが、今回は珍しく参加する事になった。時代の流れなのか普段はとっても集まりが悪く、社長がちょっとガッカリしていると小耳に挟んだ社員の一人がこっそり懸命に社員全員に声掛けしていたというのもあって。優しくって面倒見の良い『おかん』的な先輩からのお声掛けだったからか本日は過去最高の参加人数らしい。別に社長にカリスマ性が無い訳じゃないんだけど、『おかん』属性に弱い人の方が圧倒的に多かったのだろう。 入社二年目。まぁそれなりには仕事にも慣れてきてはいるが、飲み会の参加回数はかなり少ないし、他の社員達との会話なんて業務以外ではほぼほぼ無い。というか個人的な事情で結構脳内が忙しいので(もちろん仕事もちゃんとしてますよ!)、あまり他の人との日常的な会話に時間を割けられないというのもあってか、気が付けばワイワイと賑やかな中でポツンと一人の状態になっていた。
(……慣れてるけど、やっぱ暇だなぁ)
そうなると、自然と飲むか食べるかの二択になってしまう。だけどお酒はあんまり強くない。でもまぁ甘いのだったらなんとかなりそうだなとカクテルやチューハイばかりを飲んでいると、流石にちょっとクラッとしてきた。……これ以上はヤバイ気がする。電車の時間も気になってくるし、早く解散時間にならないかなとどうしたって考えてしまう。
「大丈夫?飲み過ぎじゃない?」
隣の人が心配そうに声を掛けてくれたけど、顔は知っている気がしても苗字が頭の中に浮かばなかった。人数の多さのおかげで店をほぼ貸切状態だから絶対に知らん人では無い安心感で何とか「大丈夫です。あ、でももうお水だけにしておきますね」と返した。
「そうだね、それがいいわ」
お水の入ったコップを用意してくれ、サラダといった軽い物だけお皿に盛って、「このくらいなら食べられる?」と訊いてくれる。『女子力たっか!』と叫びそうになったが、「ありがとうございます」とだけ返事出来たから、まだ私の脳内はアルコールオンリーの状態では無さそうだ。
——しばらく経ち、やっと待望の解散時間となった。今日は金曜日だとあって、この後二次会に突入するグループもいるらしいが私は不参加を伝えた。「電車の時間も心配なので」と。
あれからはずっと水とサラダだけにしたのにまだ足元がフラフラする。そのせいか『おかん』属性持ちの橋下さんが「——君も、|明智《あけち》さんと同じく帰宅組よね?確か家の方角が同じだし、悪いけどタクシーで家まで送ってもらえない?」と言い出した。
相手の人が二つ返事をしている気がするが、酔いのせいか声が小さいのか音が遠い。そんな中、彼が「おっと」と言いながら、ふらつく私の体を支えてくれたみたいだが誰なのかわからないままだ。困ったな、コレじゃ支えてくれたお礼どころか『一人でも大丈夫』と同行のお断りすら入れられない。いっそその辺で少し休んでから帰りたいくらいなんだけど、丁度通りかかったタクシーを捕まえて、流れ作業の様に押し込まれてしまった。
ぼんやりしつつも運転手さんに住所を伝え、座席に体を預ける。
「……ありがとう、ございます。何だかすみません」
「オレの方こそ……」
一緒に乗ってくれた社員さんに辛うじてお礼を伝えた辺りで、私はどうやらそのまま眠ってしまったみたいだ。
意識がふわっと浮上していく感覚を抱き、眠りの底から目を覚ました。……なのに視界が暗いままだ。『おかしいな、何でこんなに暗いんだろう』と不思議に思いながら顔を上げた辺りで違和感を覚えた。瞼を開けようとしても開かず、『え?何これ』と口にしようとしたのに声がまともに出てこない。
「ふぐっ、んんっ?」
何かが口の中に入っていて閉じる事も出来なかった。元々口が大きな方じゃないから少し顎が痛い。肌寒い感じもするし、自分は今『異常事態』に陥っているのだと流石に察し始めた。
バクッバクッと心臓が早鐘を打つ。それでも何とか神経を研ぎ澄まして状況把握に努めようと試みた。多分服は着ていないが、下着だけは着用していると思う。両腕は何かに拘束されていて、万歳するみたいに上がったままだから、上から吊るされているのだろう。目には目隠しを、口は口枷で塞がれているけど音はちゃんと聞こえている。膝を付いた状態になっているが、下は柔らかめなのでベッドの上か何かだろう。
(え、待って。酔って、タクシーに乗って、起きたらコレって……)
一人で何処かに放置されているのか、誰かが見ているのか。どっちかわからず、また「んぐっ」とくぐもった声をあげると、「起きたみたいだな」と男性の声が聞こえた。
「『何でこんな事になってるの?』って所かな?」
そう訊かれ、素直に頷いて答える。でも、き、気のせいかな……知ってる声だと思うんだけど、普段こんなにスラスラ喋っている所を見た事のある相手じゃないから自信が持てない。
「『|明智栞《あけちしおり》さん。貴女はね、今からオレに犯される所なんだよ」
と、フフッと吐息まじりに耳元で囁かれた。いつの間に男性が私との距離を詰めていたのかわからず、驚きとその吐息の熱でビクッと体が震えてしまう。そしてそれと同時に確信した。
この声の主は、絶対に同じ職場の『|神楽井道真《かぐらいみちざね》』先輩であると。
(——え?ウソ!)
確信を得た途端、顔も耳もめっちゃ熱くなってきたし心臓の動きがまた早くなる。すぐ近くに神楽井先輩が居るのだと思うだけで息が苦しく、体までビクビクッと震え始めてしまった。
「そんなに震えて……可哀想に。怖いんだ?まぁそうだよなぁ、『知らない男』にひん剥かれて、吊るされてちゃぁそうなるよな」
神楽井先輩は何故か確信を持って自分の事を『知らない男』であると口にした。だが私としては『同じ職場なのに?』と不思議でならない。先輩の方は社内一の技術力を誇るシステムエンジニアであり、他から何度も引き抜きのお誘いまできていると噂される程の実力の持ち主だ。何でも、社長と歳の離れた幼馴染の関係じゃなきゃこの会社には就職していなかったと言われる程のスペックらしい。他にも映像編集技術なんかも抜群に高くって、下っ端インハウスデザイナーである私の存在の方を知らん方が自然で、逆パターンはあり得ないと思うんだが、当人はそう思ってはいない様だ。
(そんな神楽井先輩が、吐息のかかる距離に居る……)
私にとってこんなのもうただの『ご褒美』でしかなく、腹の奥がきゅん♡と疼いた。
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