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朝、喉が焼けるように痛かった。呼吸をするたびに胸が軋み、熱が皮膚の下にこもる。
布団から起き上がろうとした瞬間、視界がぐらりと傾いた。
手をついた床の冷たさが、逆に現実を突きつけてくる。
「……行かなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟く。
誰も心配しない。休んだところで、罰が待っているだけだ。
教室の空気は、朝からざらついていた。
遥が入ってきた瞬間、数人の視線が交差する。
「マスクしてんの? なんか病人みたい」
「うつすなよ、こっち来んな」
笑い混じりの声。教師は、何も言わない。
咳をしたら、空気が一瞬で凍った。
「静かにしろ」
教師の一言が飛ぶ。
その声には叱責よりも、明確な拒絶があった。
授業中、頭の中が霞のようにぼやけていく。
黒板の文字が二重に見えて、鉛筆を握る手が震える。
ノートの上に汗が落ち、にじんだ。
「集中力が足りないんじゃないのか?」
教師の声がする。
「体調管理も自己責任だ。言い訳するな」
周囲から笑いが起きる。
「だって、こいついつも具合悪そうじゃん」
「どうせまた仮病だろ」
昼休み、弁当の匂いが教室を満たす。
遥の机の上には、誰かが置いた紙コップ。
中には、水ではなく薄茶色の液体。
「栄養ドリンク、飲めよ。元気出るって」
そう言って笑う声がする。
もう驚きはない。ただ、飲むしかない。
喉の奥が焼けるように痛み、胃が軋む。
笑い声が、遠くで弾ける。
午後、熱で足元がふらつく。
立ち上がるたびに視界が白くなり、
机の角にぶつかって手の甲を切った。
血が出たのを見て、生徒が言った。
「やっぱ病人って汚いな」
「そういうとこ、ちゃんと隠せよ。気分悪い」
教師は近づいてきて、低い声で言う。
「授業中に怪我なんてするな。集中力が欠けてる証拠だ」
放課後。
熱は上がりきっていた。
だが、帰る許可は出ない。
「片付け当番だろ」
「逃げるなよ。責任持て」
身体が動かない。けれど、誰も気にしない。
モップを握る手が汗で滑り、床に倒れ込む。
笑い声がまた起こる。
「お前さ、ほんと見てて飽きねぇな」
その夜、家に帰ると、義母の声が響いた。
「熱? そんなの言い訳でしょ。ちゃんとやることやったの?」
食卓には、家族の箸の音だけが続いていた。
遥の席には、冷えたままの味噌汁。
喉を通らない。だが、残せば怒鳴られる。
無理に流し込む。胃が拒絶するように痙攣した。
布団に横たわる。身体は限界を超えていた。けれど、眠ることすら怖かった。
朝になれば、また同じ日が始まる。
熱も、咳も、痛みも──“怠け”として扱われる世界。
誰も見ない。誰も止めない。
その中で、遥の心だけが、静かに擦り切れていった。